俺多分ドラマの主人公

大瀬戸日舎(にっしゃ)

大学1年生。大瀬戸。このブログを読めば心がちょっとドラマチックになる。

陸上部が大会で暇な時にやっているクソしょうもないこと

こんにちは、大瀬戸バカタロウです。

 

 

 

他の記事でも書いているのですが、僕は中学高校と陸上部に所属していました。

 

 

 

 

陸上部にいたことがある方なら分かるかもしれませんが、陸上の大会はマジでだいたいヒマです。なぜなら大会が全日行われるのにも関わらず出番は多くても3,4回だからです。それも、多く出ることができるようになるのは特に自分が3年生になり部活の軸となって動く時。ペーペーの1年生や中途半端な2年生は記録会という重要度の低い大会くらいでしか複数エントリーをしないので、重要かつ自分が主力でない大会でのヒマさ加減はハンパではありません

 

 

 

 

僕は高校時代たまたま自分の種目を専門としている先輩が1 人だけだったので1年生の秋から比較的重要な大会でも走ることができていましたが、それでもその時はリレーに出ていなかったので出番以外はヒマでした。

 

 

 

 

中学時代なんてもっとひどい。高校陸上は低学年であっても体が成長していたり動きのセンスがある選手だったりすると上級生と競ったり普通に勝ったりするので出番が本当に無い、ということは起こりづらいのですが、中学生は1年生と3年生で体つきが大きく異なるのでよっぽどの才能なりなんなりがないと勝負になりません。

 

まぁ要は中1中2の時に行く大会は死ぬほどヒマってことです。

 

 

 

 

 

中学生高校生という生物は面白いもので、ヒマだとなれば王道の発想から誰もが予想だにしない斜め上の発想でヒマをぶっ潰しにかかります。今回はそんな暇つぶしに関して、僕が中学1年生から見てきたものの中で面白いと思ったものを紹介します。

 

 

 

 

 

  • じゃん負けスネ毛ブチ抜きゲーム

初発から汚すぎる字面の暇つぶし方法ですが、これは僕が中学3年生の時に流行りました。あまり人数が増えると危険なので4人ほどでやるのがベストです。僕が3年生の時にリレーメンバーでこの遊びを大会があるごとにやるというのを繰り返した結果、10月の引退前にはリレーメンバー全員のスネ毛が見違えるほど濃くなっていました

気になるやり方ですが、至ってシンプル。じゃんけんをして、最後の負け1人のスネ毛をそれ以外の全員が1回ずつブチ抜きにかかるというもの。最初に4人ほどでやるのがベストだと書いた理由がお分かりでしょうか。人数を増やすと一回で死ぬほどブチ抜かれるのです。

ちなみに、一回で抜くスネ毛の量に規定は無いのでメンバーは慣れ始めると致死量スレスレの量を引きちぎる術を習得します。これに関しては僕が一番上手で、広範囲のスネ毛を後少しで死んでしまうギリギリで抑えながらかっさらっていたものです。あまりの上手さに僕には「ハーデス」というあだ名が付きました。


初めはなぜハーデスなのか分かりませんでしたが、後から考えたらその当時流行っていたパズドラに出てくるハーデスというモンスターが大きな鎌を持っているからでした。分かりづれぇな。

 

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  • 双眼鏡で美女探索ゲーム 

これは僕が中学2年生の時に全盛期を迎えた遊びです。 陸上の大会が行われる競技場というのは400mのトラックを囲むようにテントが置かれるため、対岸のテントは遠くて肉眼だとあまり見えません。

そんな事態に憤りを感じたユウスケという男がある日、おもむろにカバンから双眼鏡を取り出し、「どれどれ、美女はどこかな?」とわざとらしく大きな声で言いながら対岸のテントを双眼鏡でガン見し始めました。

周りにいた中学2年生という肩書きによってかろうじて人間扱いを受けているチンパンジー達はまるで初めて火を見た人類かのようにユウスケに近づき、双眼鏡を貸してほしいと各々の気持ちを拙い人間語でお願いしたものでした。僕ももちろん行きました

 

その日を境にして僕たちの陸上部のテントはまるで野鳥観察会かのような雰囲気に様変わり。汚い中学生の男たちが各々の欲望を熱い視線へと昇華させ対岸の美女を探す。「いた!!」と誰かが声を上げれば「どこだ!」「教えろ!」「オイ!」「教えろ!死ね!」などと野太い要求がテントにこだまする。中には皆が双眼鏡に夢中になっていることを逆手に取り、観察中のやつのパンをパクったり冗談では済まない規模のカンチョーをかます知将も現れましたが、すぐに取り押さえられ両脇を固定されて脇を思いっきりくすぐられるやつを30秒やられて死んでいきました。怖いものです。

 

 

 

 

  • 替え歌作成 

ここに来てまともなのが来たな、と感じたあなたはもう毒されてしまっています。

これは中学3年生のときに大流行しました。様々な美しい曲が僕たち陸上部員の足りない脳ミソによってガラクタへの変身を遂げていったことを未だによく覚えています。

 

中でも人気だったのは槇原敬之の「どんなときも」の替え歌。

 

サビの

どんなときも どんなときも 僕が僕らしくあるために

 

という美しい歌詞が

 

 

コンニャクイモ コンニャクイモ ヤマイモ サトイモ サツマイモ

 

 

 

ただのイモになってしまいました。

 

 

とはいえ初めて聞いた時は部活の仲間のセンスに脱帽でした。「お前は陸部なんかじゃなくてニコ動で活動したほうがいいんじゃねぇか?」と話したのを覚えています。実際に口ずさんで見てください。多分しばらくは離れません。

 

 

その他にも色々とあるのですが、いかんせん僕たちの中学校の生徒は僕含めてまともな学校教育を受けていないのでネタが切れると即座に下ネタに走ります。明らかに大声では言えないようなワードを公衆の面前で絶叫してケラケラと笑いながら時間が過ぎるのを待っていたのです。その姿はまさにゴブリン(クラッシュオブクランに出てくる全身緑タイプ)のよう。

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陸上競技部

 

 

 

 

 

一つだけ紹介すると、サザエさんのエンディングテーマの

 

サ〜ザ〜エ〜さん        サ〜ザ〜エ〜さん  

 

の「サザエさん」の部分を改変して

 

ヤリ◯ン〜さん     ヤリ◯ン〜さん

 

 

にして歌っていました。まず三文字を入れるとメロディーが決めているところに四文字のワードを無理矢理にねじ込む精神から評価していきたいのですが、幼かった友をディスっても何も生まないのでこの辺で切ります。

本当にどうしようもないし今同じことをやられても「は?」となるだけなのですが当時の僕たちにはバカウケ。例えあいみょんがこの時期にヒットしていたとしても僕たちはこれを支持していたと思います

 

 

 

 

 

 

 

☆      ★       ☆

 

 

 

 

ここまで元陸上部員の僕が暇つぶし方法について書いてきましたが、全て中学校の時のもので高校の時のものが無いことに気づきました

 

 

 

 

それもそのはず。思い返せば、僕はみんなの中学情報という口コミサイトで「来ちゃダメだ」「入学したことを後悔している」「放任主義という名のアナーキー」「いじめが多すぎる」と書かれるレベルのパンドラボックスのような環境の公立中学校で3年間を過ごしたのち、運良く難関と呼ばれる偏差値高めでのんびりした雰囲気の高校に運良く合格したので、どう考えてもこういう話題に使うのは中学校の方なのだ。

それは許してほしい。

 

 

 

しかし、高校にも面白いやつはたくさんいたし、きっとこれからもこいつらとはずっと遊ぶんだ、と予感するほど仲の良い友達もいる。そいつらとの狂ったエピソードもたくさんあるので、それに関してはまたいつか気が向いた時に記事にしようと思う。

 

 

 

 

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

それでは、また次の記事で。