俺多分ドラマの主人公

大瀬戸日舎(にっしゃ)

大学1年生。大瀬戸。このブログを読めば心がちょっとドラマチックになる。

能力の高い人間に囲まれて生きることの重要性

こんにちは。大瀬戸です。

 

まず、こちらをご覧下さい。

 

 

f:id:climax_in_a_drama:20190413234550p:plain

デルブーフ錯視

 

 

これはデルブーフ錯視と呼ばれるもので、同じ大きさの円が2つある時にそれぞれの円を囲む円環の大きさが違うと、本来同じ大きさであるはずの2つの円が違うもののように見えてしまう目の錯覚です。現にこの画像を一目見た時に「左のほうが小さいな」と感じたと思います。

 

 

また、この錯視に関する研究には、「被験者に小さいお皿を使用させたら食事量が減少した」という興味深いものがあったりします。

 

 

それはさておき、僕はこの画像を初めて見た時に「人間社会に通ずるものがあるな」と思いました。どういうことなのかを説明していきます。

 

 

 

 

 

まず、皆さんは「お山の大将」という言葉を聞いたことがあるかと思います。レベルの低い集団で上位ないしは一番になっただけなのに威張り散らしている人間のことを表したものです。この手の人間は自分のコミュニティーから出ようとせずに閉鎖的に生きることを好む傾向があるので、なかなか治りません。故に成長も無く、周りから疎まれることがとても多いです。

いませんでしたか、自分より弱い人間としかケンカをしたがらない自称ヤンキーみたいな奴。

 

 

 

次に、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉。中身のあるイネは成長するとともに穂先が下がっていくことから、主に「真に優秀な人間は成長していけばいくほど謙虚になっていくものだ」という意味で用いられています。

そして、僕はこの「謙虚になっていく」過程には必ず、優秀な人間が上へ上へと登っていく途中での「こいつには勝てない」と思わせる自分よりはるかに優秀な人間との出会いがあると思っています。そうして少しでも思い上がっていた自分を反省し、穂先が下がっていく。

 

以上の2つの言葉を簡潔に表したものが、はじめに示した画像です。

f:id:climax_in_a_drama:20190413234550p:plain

もう一度貼っておきます。

黒い円、すなわち自分自身の大きさは変わりません。

ですが、左のように大きい円環に囲まれる(優秀な人間の中で過ごす)のと右のように小さい円環に囲まれる(自分より能力の低い人間ばかりと接する)のでは、「自分から見た自分」の大きさが違います。

 

 

前者の環境に置かれると、周りのレベルについていくために努力を重ね、また自分自身の相対的なレベルの低さから傲慢になることは無く謙虚な姿勢を取るようになります。そして謙虚な人間は周りからのアドバイスを効率よく吸収することができるので、更に成長することができます。

 

 

対して後者の環境に置かれると、周りの大体の人間が自分より劣っているため、気づかぬ内に優越意識を持つことに慣れてしまいます。そしてその優越に慣れ切った人間は外のコミュニティに出ていくことを恐れます。「自分が下」という経験があまりにも少ないため、それが怖くてたまらないのです。そうして自分のコミュニティにこもり続けるので、自分より優秀な人間からのアドバイスを貰える訳もなく、成長もしません。

 

 

 

「自分が小さく見える環境」というものは、とても貴重で、重要で、有益です。確かに周りが優秀な人間ばかりなのは辛いかもしれませんが、その分成長のチャンスも増えると思います。

 

 

なので、「自分を変えたい」「人間的に成長したい」と感じているけれどどうしたらいいかイマイチわからない人は、まずはある分野において自分よりも上の人間が多くいるコミュニティに飛び込んでみるのをオススメします。分野は自分と接点があるものでも、全く接点の無かったものでも、何でもです。

 

 

 

 

以上、目の錯覚から学ぶ「能力の高い人間に囲まれて生きることの重要性」でした。