俺多分ドラマの主人公

大瀬戸バカ日記

大学1年生大瀬戸。日々、書く。色々。よろしく。

自分に酔うことはマジのマジで大事だと思う

自分に酔う、というとなんだか嫌な印象を持つと思います。

 

 

ラーメンつけ麺僕イケメン、なんてまさにそれ。あれはネタと分かっているから笑いの余地がありますが、実生活であんなこと本気で言うやつがいればドン引きです。

 

 

日本人は特に謙虚なことで広く知られています。この人間性には、日本が古来から食べ物や水に困らず、安定した作物の収穫が可能な土地に加え、平和を美とする社会体制、他民族からの襲撃の無さなどが影響しているとのこと。古くから争いが絶えない地域であれば、それこそ謙虚さは命取りになります。

「和をもって尊しとなす」の姿勢こそ、僕達日本人の謙虚さに繋がっているのです。

 

 

ですが、そんな姿勢を美徳として叩き込まれた僕らは時として謙虚と自己肯定感の低さを履き違えてしまいます。

出る杭は打たれる」という僕の大嫌いなことわざがあるのですが、このことわざの杭のように打たれぬように、高い自己肯定感や能力を持ちながらも謙虚に謙虚に生きていくうちに内面で心がしぼんでいってしまった人を僕は今まで何人も見ました。

 

 

謙虚、謙虚、謙虚。僕は小さい頃からサッカーや陸上をやっていたこともあり、コーチからこの大事さをイヤというほど聞かされました。「上手いやつほど腰が低い」「速い選手は決して傲慢にはならないんだぞ」など、数え切れないほど。当時の僕はなるほどなるほどとその美徳を飲み込んでいましたが、高校生になってから飲み込んだ美徳が喉元にせり上がってくるのを感じていました。

 

 

確かに他人に対して謙虚でいるのは大事。やたらめったら自慢なりマウンティングなりをかましまくるやつはたとえ能力が高くても一緒にはいたくない。

でも、自分に対しては?自分にまで謙虚になったら疲れないか?

「謙虚」という美徳にとらわれるあまり、自分さえも自分に頭を下げさせてしまうことがあるのが謙虚の気疲れの原因だと考えました。内面でまでも慎ましく生きてしまっている人が多いんじゃないか、ということ。そして、多分これは間違っていません。

 

 

 

それではもったいない。なので、僕が皆さんにオススメする思考として「自分に酔う」というものを紹介します。

 

 

狩野英孝じゃねぇか。ドン引きされるって言ってただろ。と思うかもしれませんが、ただ自分に酔うだけではありません。外には出さずに中で酔うのです。俺は凄い奴だ、私は誰よりも素敵な女だ、僕は最高だ.....など。言葉に出して他人にアピールするのではありません。内面で叫び続けて自分にアピールするのです。バカバカしいことに思えますがこれやってると自己肯定感が爆上げします。

 

 

そして少々逆説的ですが、内面で自分に酔っていると他人からのアドバイスや意見に耳を傾けやすくなります。それは自己肯定感が高まっていることによって、多少自分と違う意見をぶち込まれても受け止める余裕ができるということ。自己肯定感が低い、つまり度の過ぎた謙虚な人はアドバイスに対して「あぁー俺ダメなんだなやっぱ...」と勝手に萎えてしまう。今の日本は「批判を悪とし、批判を受けることを避けたい」人間が多いらしいですが、根っこの要素の一因にはこれが存在していると考えています。

 

 

加えて、「このアドバイスを吸収したらただでさえデキる俺がもっとデキるやつになれるのか」というとんでもなくめでたい思考が身につく。

 

 

このような圧倒的な自己肯定感の高さというのは、単純に自分の能力を必要以上に高く見積もっており意地悪に言えば現実見れてないバカなのですが、思考が現実を飛び越えないでいるといつまでたっても現実はそのまま、自分はこのままです。まぁそれに、そういう思考のほうが生きてて楽しいし。

 

 

先日大学生ながら事業をやっている方にお話を聞く機会があったのですが、そこで特に印象的だったのが「自分の見える世界、枠組みから出ようと試みるのが大事」というものです。上にもあるように自己肯定感の高さは自分の能力を買いかぶっているだけのことなのですが、その買いかぶりによって思考が現実を越えていきます。なぜ僕がここまで自信を持っているのかというと、高校3年生の受験期に体験したとある出来事が僕に思考の力の効力を確信させたからなのですが、これはまた別の記事で。

 

 

 

兎にも角にも、「謙虚」は外面だけでオッケーです。なにか褒められた時に言葉では「いえいえそんなことありませんよ〜」とかなんとかテキトーーーーに言っといて心の中では「いや当たり前だろ俺様だぞwwwwwwww」と思いましょう。

 

 

 

それでは、この記事を読んだその日から「内面自己陶酔ハッピーライフ」のスタートとしましょう。僕との約束です。

 

 

 

ではまた次の記事で。