俺多分ドラマの主人公

大瀬戸バカ日記

大学1年生大瀬戸。このブログを読めば日々がちょっとドラマチックになる。

食べ残しはマジでガチでやめろ

 僕は大学に入学したこの4月から、とある飲食店のキッチンで調理業務を主とするアルバイトをしている。

 

 

トマトを切ったり、めちゃめちゃデカい肉を切ったり、まかないとして回鍋肉を作らせてもらったり、パスタの盛り付けを手伝ったり、皿洗いをしたり、やることは沢山ある。

 

 

 

そんな中、この前の金曜日のこと。僕がいつものようにシフトに入り、パスタの盛り付けに使うトマトを無心で切り、包丁を片付けている時にキッチンの外から「今日は結婚式の二次会」という社員さんの声が聞こえた。なるほど、それはめでたいな。なんてことを考えながら今日のバイトは少し大変だなとも思った。

 

 

 

 

ほどなくして店には沢山の人が入店し、場の雰囲気はみるみるうちに高まっていった。

 

 

 

しかし厚い壁一枚で隔たれたキッチンにそんな陽気な雰囲気を感じさせる要素は一つたりとも無く、キッチンにいる者全員が全力でパーティー用の料理の準備のために動き続けていた。持った瞬間に落とさないか不安になるくらいの重さのパスタ、畑一つをお皿に入れたのかというほど大きいサラダ、広辞苑何冊分もの肉。とにかく大量で最高に美味しい料理達が作られるそばからホールへと運ばれていった。

 

 

 

 

 

大変だったが、結婚式の二次会だ。人生に一度あるかないかくらいの晴れ舞台の二次会。バイト風情が業務にのめり込むのはおかしいのかもしれないが、今日は特に辛くとも頑張ってやろうという気になれた。

 

 

 

 

新郎新婦も入場し、パーティーは本格的に始まった。友人たちと思しき人の出し物やビンゴ大会も始まり、場は幸せな空気で包まれていたように見えた。パーティーの場合、最初に料理を出してしまえばあとは食べ終わりのお皿が運ばれてくるのを待ち、それらを洗うだけ。ただその量が半端ではなく、素早く正確に作業をしないと次々とやってくるお皿に負けてしまうので僕は少し身構えていた。

 

 

 

 

 

パーティも終わりに近づき、新郎新婦の友人たちが店を出ていく。そしてお皿が運ばれてくるのだが、僕はそれを見て絶句した。

 

 

 

 

ほとんど食べ残されていたのだ。

 

 

 

 

僕は目の前のその事実に思わず「は?」と言ってしまった。すると僕の声を聞いていた社員さんが「もったいないよね、こういうの...」と少し悲しげに言った。

 

 

 

 

彼は紛れもなく今日の料理を作った人物だ。彼が大汗をかき、熱い厨房で重いフライパンを振り心を込めて作ったパスタが、ローストビーフが、サラダが、ミートボールが、誰の口に運ばれることもなく戻ってきた。

 

 

 

 

冷えたそれらをゴミ箱に入れる彼の顔は、仕事だからと割り切っているようで悲しそうだった。僕はその顔を見ているとなんだかやるせなくなって、悲しくなって、空虚な怒りが湧いた。今にでもホールに飛び込んで「残してんじゃねぇよクソが!!!」と怒鳴り散らしに行きたかったが、店の迷惑になるようなことはできない。

 

 

 

 

沢山の命と、それを調理する人間の心がこもった素敵な料理が、ポリプロピレンでできた無機質な箱に身投げしていく光景を見て僕は本当に嫌な気分になった。大人は結婚式の二次会だし、みんなお酒飲んでるし、ゲームもあったし、しょうがないなんて思うのだろうか。だとしたらそんな大人と社会はクソだろ

 

 

 

 

ここで廃棄食品のフードロス問題について深く述べるつもりは無い。世の中の人間はそんなデータを見せられたところで自分の生活を見直すことなんてしないからだ。現状のデータと問題点を示した資料で人の心が簡単に変わるのならばこの社会はとうの昔に天国になっている

 

 

 

 

 

僕が言いたいのはとにかく食べ残しは絶対にするな。ということだ。ここに関してごちゃごちゃと理屈を述べて行くつもりは無い。食べ残しは絶対にしてはならない。

 

 

 

 

 

つい最近こんなツイートがバズったが、まさにその通りだ。

 食堂のおばちゃんは正しい。なんならガチで憲法で規定して欲しいくらいだ。

 

 

 

 

 

そもそもあの場にいた大人は何を考えていたんだ。食べ物を残しちゃダメなことも分からないのか。俺がおかしいのか。分からなくなってくる.....

 

 

 

 

 

 今回あの大量の食べ残しをたまたま僕が見ただけだが、当然実際他の店舗、他の市、他の都道府県ではもっとたくさんの廃棄食品が出ていることだと思う。それら全てを救うのは不可能だし、今の僕はそれを救えると考えるのは傲慢な思い上がりだと考えている。

 

 

 

 

 

でも、目の前の食べ物はどうか。救えるか。

 

 

 

 

 

 

救えるに決まっている。食べろ。綺麗に食べろ。

 

 

 

 

 

 

手垢にまみれた言い回しだが、身近なところからの働きかけの積み重ねが大事だ。

 

 

 

 

 

 

そしてそれはいずれ社会をほんの少しだけ変える。ほんの少しで良い。

 

 

 

 

 

途中言葉が荒くなってしまったのでもう一度丁寧に言う。

 

 

 

 

 

出された食べ物は、残さず綺麗に食べましょう。

 

 

 

 お残しは、これを許しまへん。

 

 

 

 

それでは。大瀬戸でした。