俺多分ドラマの主人公

大瀬戸日舎(にっしゃ)

大学1年生。大瀬戸。このブログを読めば心がちょっとドラマチックになる。

忘れずに、ありがとうと言おう。

こんにちは。オオセトです。

 

 

 

みなさんは、常日頃から感謝の習慣を持って過ごしていますか。

 

 

 

自信を持って「はい」と言える人はあまりいないのではないでしょうか。

 

 

 

例えば幼稚園、保育園、小学校にいた時までは先生の言うことをちゃんと聞き入れ、友達にお菓子をもらったら「ありがとう!」と言えていたかもしれません。友達が遊具を譲ってくれた時、「ありがとう!」と言えていたかもしれません。

 

 

 

 

 

でも、時が経つとどうなるのでしょうか。特に男子は少年期を抜け青年期へと向かう時期から急にできていたことができなくなります。ありがとうが言えなくなるのです。友達に例え安いものでもおごってもらった時、傘を忘れた雨の日に傘を渡された時、遊ぶ場所として家を開けてくれた時。

その理由には気恥ずかしいだとか、自分が下の立場になりそうで嫌だとか、まぁ時期特有のありがちなものがあります。

 

 

 

 

そして一番良くないのは、そのような恥ずかしさで封じ込めた礼儀礼節を封じこんだままにしてしまうことです。感謝を省略することが当たり前になってしまうのです。僕は今大学1年生ですが、大学だけではなく中高の友達にもありがとうを言うことができない人がたくさんいます。僕は幸い両親が礼節に対してだけは異常な厳しさを持って教育をする方針だったので人より少しだけ礼儀がなっている自信がありますが、それゆえにできていない人の行動が目についてしまうのです。

 

 

 

 

 

「なんだ、良い子ちゃん自慢かよ、くだらねぇ」

 

 

 

 

 

と思うかもしれませんが、偶然の偶然に礼儀について厳しく教えられた自分は、「ありがとう」と感謝の気持ちを徹底的に伝えることの良さ、特にコスパの良さを知っています。なので僕が共有するこの高コスパな「感謝の徹底」という行為を、ぜひ読者の皆様にも意識して実践して欲しいのです。例え小さな小さな心遣いでも。気づいてくれるだけでも、相手は本当に嬉しいし、気持ちが良いものです。

感謝は、しないと損をします。絶対です。

 

 

 

 

 

感謝を伝えることのメリット 

 

 

 

 

 

 

周りから見た自分の価値が明らかに上がる

上記の通り、徹底して感謝を伝えられる人間は多くありません。なので、ほんの少しの相手の気遣いでも敏感に反応して「ありがとう」といえる人間はとても印象に残ります。その結果、自分の価値が上がります。つまり、同じことをしたとしてもより褒められるようになるなど、相手からの評価には違いが出るのです。同じコストをかけた作業でも、返ってくるもの(感謝)の量質ともに向上します。コスパ爆上げ。

 

 

 

 

 

 

自分が「気の遣えるやつ」になれる

前の項目で述べましたが、細かい相手の気遣いに気づき「ありがとう」と言ってこそ徹底的な感謝というものは成立します。つまり徹底的な感謝を繰り返していくうちに優しい心遣いが上手になり、自動化されていきます。世の中では「気遣い」というと疲れるものなどマイナスなイメージが付けられていることが大半ですが、それは自動化がされていないからです。優しい心遣いを繰り返していくうちに、無意識下でのそれが可能になっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

思考がポジティブ側に寄る

いきなりポジティブにはなりません。ですが、あなたの心は少なからずポジティブ側に移動します。感謝するべきことを探す精神状態はそれすなわち相手の良いところを探しに行っているということです。「他人を褒める」という外交的行為の副産物として自分がポジティブに寄っていく、内向的な利益がある。美味しい。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

今回は「感謝の徹底」についての話をしました。自分自身、経験の薄いただの大学生ながらこんな偉そうな記事を書いたことを反省しています。ですが、「偉そうだなコイツ」と思われたとしても、感謝の重要性を伝えたかった。世界は変えられないけど、自分とその友達、それくらいの小さな小さな世界なら変えられるんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

 

では、また次の記事で。