俺多分ドラマの主人公

大瀬戸バカ日記

大学1年生大瀬戸。日々、書く。色々。よろしく。

他人に期待しなければ人生は楽になる。でも。

理不尽に叱りつけてくる教師。

 

 

 

 

好きとは言ってくれない彼女。

 

 

 

 

 

うまくいかないこの人生。

 

 

 

 

 

☆      ★      ☆      

 

 

 

僕たちはみんな知らず知らずのうちに他者に期待を寄せています。

「あの子がこの仕事を手伝ってくれたらいいなぁ」

「こんだけ頑張ったんだから、感謝とかねぎらいの言葉がほしいなぁ」

「お互い好きで付き合ってると思うし、好きって言ってほしいなぁ」

 

 

 

 

この期待というものはとても厄介で、僕たちは期待が裏切られた時にはじめてその存在を認知します。たとえば上にある「あの子に仕事を手伝ってほしい」という願望は「あの子」が仕事を無視して家に帰るなどの「願望を裏切るアクション」が起こったその時に落胆と怒りに変化し、水面からせり上がってきます。

 

 

「なんだ、手伝ってくれねぇのかよ」

 

「ふざけんなよ」

 

 

 

このような言葉が出るでしょうが、こんなもの他人に期待しなければ出ません。心のどこかで期待してしまうのです。しょうがない。人間なんだし。

 

 

 

僕には、無意識に他人に期待をして苦しんだ経験がたくさんあります。例えば僕が高校生のときに付き合っていた彼女のこと。ひどいケンカをしてしまい、ケンカのたびに僕がとんでもなくムカつくような態度、言葉をぶつけられ、「なんでこうなるんだよ。クソが。」と一人行き場のない怒りの刃先を虚空に揺らしていたことがありました。僕は日記をつけるのが習慣で、この時の心の状態を日記に書いていたのですが、ケンカも収まったころにそれを見返すと「あ、俺彼女に期待しすぎちゃってたんだな...謝ろ...」と感じました。日記を見るととにかく自分本位。「俺だっていろいろ考えてるのに....」だとか、「俺はそんなつもりじゃなかったんだけどな」だとか。過去の自分への説教も兼ねてここに書きますが、いくら考えたって相手にそれが伝わらなければ何もしていないのと同じ。そんなつもりじゃなくても相手に「そんなつもり」と捉えられてしまえば終わり。都合の良い解釈を相手に期待するその甘い根性を恥じろカス

他にも、彼女のケンカのときの態度がとんでもなく嫌だとも書いていましたが、これはただでさえ余裕のないケンカ中に、彼女が自分に不快感を与えぬように動いてくれる、という甘ったるい期待が僕にあったことの確かな証拠です。

 

 

ちなみに日記を書くことの良さについてはこちらの記事で紹介しています。

www.dramatic-today.com

 

 

 

 

 

くだらない自分語りを例として使ってしまいましたが、この世の不満の6割ほどは他人に期待していなければ起こらなかったものだと僕は思います。だからこそ、他人に期待しない術を身につければ人生がだいぶ楽になる。

 

 

 

 

そんな「期待しない術」として僕が考え、今も実践しているマインドセットがあります。それは「まあ〜いっか!」と言うことです。

????そんなひとことだけでおさまったら苦労せんわ、と思うでしょうが、この「まいっか」には2つの意味が込められています。

 

それは

・他人は変えることができないということへの前向きな諦め

・この場を華麗にスルーすることで自分の人間レベルが上がる、という優越感

 

 

一つ目は「過去と他人は変えられないけど自分と未来は変えられる」という、僕の中学時代の理科の先生が卒業式で話していた言葉をもとにしています。考えてみれば当たり前の話で、他人は変えられません。でも、僕たちがしてしまうよくない期待の根底には「他人を変えたい」という要素が少なからず潜んでいます。冒頭の仕事を手伝ってくれないあの子の話のように。だから諦めてしまえばいいのです。いいよいいよ。変えらんねーよ。しょうがねぇ。

 

 

 

二つ目は文字の通り、うまくいかないことに対して「クソが」と反発するのではなく、「ま、俺ならこんなの華麗にスルーできちゃうんですけどもね。」のようにムカつくことにバカ正直に取り合わずにかわしてしまい、その分「コスパのいい生き方できたな」と勝手に優越感を感じてしまう。

 

 

 

最後に一つだけ付け加えると、どうしても許せないクソには思いっきりブチ切れてください。ここで紹介しているのはそのクソに最高のエネルギーをぶつけるため、細かい怒りのエネルギーを節約するための方法です。キレるのにはコストがかかります。ぜひ節約しましょう。

 

 

 

☆      ★      ☆      

 

 

 

と、ここまで他人に期待しないことについて書いてきました。ですが、僕はこの記事を書くにあたって前半とは相反する気持ちを持っています。それは「他人に期待することは、美しい」というものです。

 

 

 

どうしても、自分に都合の良い展開を期待して人生を生きてしまう。他人に期待してしまう。そんな人間のどうしようもなさ、今にも泣き出しそうな弱さ、泥だらけになりながらもきらめく人間らしさが僕は好きです。

 

 

 

全力で他人に期待して、裏切られたりなんかして、勝手に期待したくせに落ち込んで、怒って、泣いて.....他人に期待できる人間は、それすなわち全力の感情で生きることができるということです。他人に期待しない人間というのは消耗しがちな現代社会ではとてもエコで優位に立てます。でも、心という観点で見るとそれはどのように写るのでしょうか。

 

 

 

 

だから、もし、「他人に期待しない方法を探してみたけど、無理だ。」と感じた方。自信を持って。胸を張ってください。あなたの本気の、鮮やかでありながらも鋭い感情は、きっとあなたを助けます。だから、我慢しないでください。

 

 

 

 

なんて、どうしようもなく矛盾した、答えのない、でもちょっと綺麗だな、と思える人間の心についてのお話を一人考える夜でした。

 

 

 

また次の記事で。