本日のドラマチック

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首都圏在住の大学一年生。Twitter:@climax_in_drama

他人を気にしながら生きるのをやめて人生のコスパを上げよう

こんにちは。太宰です。

 

 

 

 

このブログを見て下さる方全て、いや日本人全てが「他人の目を気にした」経験があると思います。小学生や中学生の時、自分は本当は答えがわかっているのにクラスのみんなは誰も手を上げないからと発言せずに授業を終えたこと。周りの冷やかしを恐れて隣の席の気になる子に話しかけることが無いまま次の席替えが来てしまったこと。ノリや空気を重視しすぎて許せないイジりをスルーしてしまったこと。たくさんあると思います。僕もたくさんあります。

 

 

 

他人を気にすることの何が面倒かというと、とにもかくにも行動のコスパが悪くなること。たとえば授業で発表する時を考えると「周りの目を気にしてるけどそれを押しのけてこれを発言するんだ!」と意気込むのと「おし、じゃ発言すっか」とするのではコストが段違いです。その上パフォーマンスは大して変わらず、むしろ前者のほうがいらぬ心の揺れのせいでミスを起こす恐れがある分パフォーマンスまでもが悪くなります。

 

 

 

 

この「周りの目気にしちゃうよな」現象の根本とその対策についての話をしようとすると、この国の教育方針や島国ゆえの人間気質など僕の書きたい方向とは違うところへ話題が飛んでしまうので、この記事ではあくまでこういった状況での自衛の策について書いていきます。

 

 

 

 

 

最高で唯一の自衛策は、気にしないことです。

 

 

 

は?できたら苦労しねぇよカス。綺麗事で読者を丸め込んで正義ぶってんじゃねぇぞクソ偽善者野郎が。何食ったらそんな薄汚れた正義心が生まれんだ?

 

 

 

 

そう言いたくなる気持ちも、もちろんわかります。気にしないなんて、できたらもうやってますよね。

 

 

 

 

ですが、方法はこれしかありません。僕の中学校の時の理科の先生が卒業式で言っていた言葉に

「過去と他人は変えられないけれど、自分と未来は変えられる。」というものがあります。はじめて聞いたときはあまり実感が湧きませんでした。ですがあれから三年間高校生活を送り、そして今大学生としてこの記事を書いている今となるととても的を射た言葉だなと感じます。未来を変えたいなら自分が変わるしかない。

 

 

 

 

 

「人の目を気にしない」自分になるには「人の目を気にしない自分の練習」をする必要があるのです。練習をしないといけないと聞くと少し憂鬱だと思いますが、逆に「練習すれば」人の目を気にしない人間になれるということです。こういった人間の性質に関わる話題だと「あの人は周りを気にしないでいられるタイプだから。」などと先天的な才能を前提とした会話がされることが多くありますが、僕は決してそうは思いません。なぜなら僕自身が前と比べて周りの目を気にしなくなった人間だから。そしてその過程で周りを気にしない練習をしたからです。気にしなくなったといっても、まだまだ課題だらけですけどね。

 

 

 

 

その練習とは、ただ「周りは自分のことなんか見ちゃいない」と考え続けながら自分のやりたいように生きる。それだけです。

 

 

 

 

問題と解決策が一致していないと感じるかもしれませんが、みんな案外自分の人生に精一杯です。っていうか、他人のことを意識の中心に寄せて満足に生きられるほど人間は有能ではありません。他人のことを眺めはすれど、見てはいない。みんな自分が可愛くてしょうがない。自分が一番。当たり前です。だからこそ、他人に気遣いができる人間はありがたがられ、モテるのです。この記事とは関係が薄くなってしまいますが、インターネットで芸能人の悪口を書いたり、ユーチューバーの動画に誹謗中傷のコメントを残す人間は総じて激ヒマです。ヒマだし、人間としてどうなのかなとも思います。話が逸れましたが、とにかく自分が気にしてる「周りの目」っていうのは案外忙しいです。もし何かしてくるようであればそいつはクソほどヒマです。

 

 

 

 

 

 

だから、もし、もし誰かに冷やかされることがあったとしても、「あ!こいつは自分の人生を置いといてわざわざ他人にちょっかい出す暇人だ〜〜〜〜〜!!!!!しょ〜〜〜〜〜〜もね〜〜〜〜〜〜!!!!!!!お疲れ〜〜〜〜〜〜!!!!」とか思っときましょう。態度に出してもいいと思いますがその時はぶっ潰す覚悟で。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、また次の記事で会いましょう。ドラマチックな明日を。