俺多分ドラマの主人公

大瀬戸バカ日記

大学1年生大瀬戸。このブログを読めば日々がちょっとドラマチックになる。

キラキラ大学生という若者の虚なる理想

大学に入り、早二ヶ月が経過しました。新天地における新鮮味や浮足立つような感覚は平静に着地し、「いつもと変わらぬ日々」の始まりを感じます。

朝起きて大学に行き、講義を受け、講義終わりにサークルやバイト、趣味に時間を使う。それぞれが、自由に自分を生きる。たまに朝起きるのミスるけど。

 

 

そんなこの季節、僕は学校からの帰り、電車に揺らされながらいつもと同じようにインスタのストーリーをぼんやりと見ていました。すると高校の友達のアカウントからこんな投稿が。

 

 

 

「深夜ドライブ〜マジ楽しいんだけど笑笑」

 

 

 

「そのまま飲み!たのし爆笑」

 

 

 

「まじこのサークルメンツ濃すぎん?」

 

 

 

画像はさすがに貼れませんが、投稿された文章はこのまんまです。もうこの記事において未成年飲酒がどうだとかそういう話はしません。でもお酒は20歳になってから

 

 

まぁ彼を知らない立場から見ると平均的な飲みサー大学生なのですが、この彼は高校時代割と大人しい性格だったのです。体育祭などはまぁほどほどに楽しみ、騒いだりはしない。彼の変わりぶりに僕を含めた高校の友達は驚きを隠せず「あいつどうした?」などと話したりしていました。

 

 

大学に入って人が変わったように飲んで飲んで遊んでを繰り返すやつがいるとはインターネットや先輩の話で聞いていましたが、まさか自分の友達から出るとは。

 

 

 

 

 

彼に大学デビューだ何だと因縁を付ける気は全くありません。

別に大学に入って自分の殻を破ってみるのは良いことだと思いますし、そこに対して他人である僕がどうこう言う権利など最初からありゃしません。

 

 

 

ただ。僕が考えたのは「なんで大学1年生は背伸びしてまで飲みサーに入るんだろう」という疑問です。もう少し主語を大きくしてみると、「なんで大学生には背伸びして飲みサーに入るやつが多いんだろう」です。

 

 

当人たちは何も考えていなかったりするのかもしれません。でも、意識的に考えていないだけであって彼らは無意識下で一つの虚像に囚われていることだってあると思います。その虚像こそ、「キラキラ大学生」

 

 

 

キラキラ大学生と聞いて何を思い浮かべますか。おそらく大半の方々が「派手に飲み会をして毎週どんちゃん騒ぎをしている大学生」を頭に浮かべることと思います。他には彼女の誕生日にクソ高いネックレスあげたりサークルの友達の誕生日会でリムジン貸し切ってシャンパン空けまくったり。「チャラそう」などと避けられているようでその実多くの大学生の憧れの的になっている。

 

 

 

僕は友達と上のようなガチキラキラハイパーアルコールサークルの新歓に行ったことがあるのですが、意外にも同じく来ていた1年生はそこまでキラキラではないと言うか、失礼ながらキラキラに憧れているのかなぁと感じてしまう人が多かったのをよく覚えています。ただまぁ大学1年のくせに同学年に覚えたてであろうコールを飛ばしてくるのは大分ムカつきました。コークハイに扮した麦茶飲んで事なきを得ましたが。

 

 

 

それはさておき、そのキラキラ大学生という虚なる理想に多くの大学生が飲み込まれていっている理由、憧れ以外では大学の自由度の高さが挙げられます。

大学生は自由です。自由ですが、日本に存在する大学生のほとんどはその自由を使いこなせるほど世界を知りません。僕だってそうです。時間があるからといってとりあえず大学入学とともにブログを始めて二ヶ月が経過しましたが、まだまだ分かりません。他にも僕はプログラミングや楽器などにも手を出して色々やってみていますがよく分かりません。

 

 

 

そう、分からない。分からないからこそ、大学生は「分かりやすい」飲みサーに行きます。どこが光っているのかすぐ分かる。自分が何をしていて、どこがどうなっていて、周りに自分をどう見せるかが分かりやすい。

 

 

入学時点で「特にやりたいこともないけど充実させたいなぁ」と思っている人ほど飲みサーに行く。簡単だから。酒を持って、友達と飲んで騒いでそれをインスタのストーリーに乗っけるだけ。分かりやすくて、"キラキラ"してる。

 

 

 

自由を与えられてから一番初めにすべきことは考えることです。何がしたくて、何をやっている時の自分が一番綺麗で、とか。

 

 

 

でもそれって難しい。だからみんな安易にキラキラを目指す。否定はしませんが僕はひねくれているので「その時間に何かできんじゃね?」とか考えちゃいます。

 

 

 

一例を挙げるとしたら、僕は

 


ブログとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆   ★   ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はブログを書き続けます。分からないなりに。

 

 

 

そうしたら、分からないものに意味を与えられる日が来るかな、とか思いながら。

電車の中で誰が降りるのかを予測する方法をまとめました

こんにちは。大瀬戸です。

 

ここ最近は梅雨に入り、連日雨が降っており最高に不快です。僕の小さい頃は雨が降ると喜んでいたものですが、あれは安全な家の中から降りしきる雨を眺めるのが好きなのであって別に雨に当たることが好きなわけじゃなかった。にしても最近雨降りすぎだ。俺の許可無しで勝手に降んなボケ.......

 

 

 

さて、今回はタイトル通り電車の中で誰が降りるのかを予測する方法についてです。こんな雨続きではなおのこと電車で座りたい。ところが朝の通勤通学時間、そう簡単には座らせてもらえません。僕は高校生の時こっちが連日の練習で疲れてる中突っ立ってんのに何でお前みたいに何もやることなさそうな男が座ってんだよ代われクソとかまぁそういうことを考えていた時期がありました。

 

 

とはいえ、考えているだけでは現実はどうにも動かない。「次の駅で立つ奴」を正確に当てる方法を探し求め、僕は高校2年生の秋から試行錯誤を重ねました。そんな中、まぁまぁに精度の高いメソッドをいくつか発見しました。紹介します。

 

 

 

 

 

名札を付けているサラリーマンに注目する

 

現在進行系で日本を支えているであろう彼らの中には企業名のついた名札を首からぶら下げて電車に乗っている方がいます。見つけたらすぐにスマホを取り出し

 

「◯◯(会社名) オフィス」

 

と調べましょう。近けりゃ前に立つ。こんなんムリだろと思うかもしれませんが、これなかなかに通用します。昼〜夕方になるとそもそもサラリーマンが減少するので難易度は上がってしまいますが、朝のラッシュ帯では結構な成功率を出しました。技が決まるとありえないくらい気持ちいいです。やっぱり立つより座ってるほうがいいし。

 

 

 

ギャルの前には立たない

 

悪口みたいになりますがギャル(もしくはどう考えても今日遊ぶ予定ありそうな女の子)は何故かなかなか降りません。以前東横線で渋谷に向かう時、僕が降りると踏んでいたサラリーマンの隣にいた女の子は渋谷でも降りませんでした。は?和光市行くんけ?? 

 

 

 

まぁこれはかなり極端な例ですし今から僕が説明することと少しズレるので話半分に聞いて下さると嬉しいのですが、基本的にあのような子たちは渋谷、原宿、横浜、六本木など大きな駅に向かうのでなかなか降りてくれません。やはり職場であるオフィスが点在しているサラリーマンを狙うのが得策。

 

 

 

 

 

幼稚園児の大移動は狙い目

 

もう僕も書いてる中で訳がわからなくなりそうですが、幼稚園児の大移動。見たことある方いますよね?大人が2人くらいついてて「はーいいきますよ〜」とか言ってるあれです。あれは本当にターミナル駅で全員降りるのでマジでおすすめです。子供嫌いの方も、席に座れると思って我慢して彼らの前に向かいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで3つ、電車で座るために必要な要素を並べてきましたが、なかなかに情報が不足しています。よいものがあれば是非教えてください。

 

 

では。

 

 

 

 

男は恐れずウケ狙い

僕は日常の中で良識ある同年代が引くほどにくだらんボケを沢山する。そしてそんなことを繰り返していたら、普段から会話に出てくるキーワードをいかに自分のボケに引きずり込むかという本当にアホみたいな技を決めるためのアンテナが発達した。

 

 

 

 

さすがに自分の上手く行ったボケを文字に起こして自分のブログに書き全世界に発信するのはこんな記事を書いている僕本人としてもキツすぎるものがあるので僕のボケの詳細については書かないけれど、まぁとにかく僕はやたらボケる。他人を笑わせるために。

 

 

 

 

でもスベりもする。何なら結構スベる。当然。相手と自分の共有知識が薄い分野でボケると地獄みたいな時間が流れる。俺は以前バイト先の40代の主婦(この相手からウケを取ろうとするのがそもそもの間違いである)と何故かアボカドの話になり、その時に

 

 

「アボカドって切ったらもう動物細胞の断面図そっくりですもんね」

 

 

と言った。 

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アボカド

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細胞の断面図

時が止まった。あの時の俺はDIOよりも承太郎よりも時を止めた。

お互いが本当に固まってしまった。時を、止めた。

 

 

 

今気づいたが、そもそも噛み合わないボケの例として紹介したけどこれに関しては誰に言っても多分スベる。何を言っているんだ俺は....。

 

 

とにもかくにも、ウケ狙いというものには常に「ド滑り→空気凍結」のリスクを孕んでいることを伝えたかった。あと他人がスベった時に「お前スベったなw」とかいう奴5億%自力で面白いこと言えない。他人のアラ探しもしくはイジりでしか笑いを取れないクソ。そいつがいる場面で無用なウケ狙いは避けましょう。

 

 

 

そのエネルギーは好きな子の前か笑ってくれる友達の前まで取っておくべきか。まぁ好きな子にウケ狙いしまくっても芸人枠になるだけだからそのへんは上手にバランス取る必要がありますが.....。
 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ウケ」というのは野球のバッターみたいなものであり、相手のピッチャーはここが弱い、またこの会場でも弱い、など相手(友達など)を取り囲む様々な要素を考慮した上で最善の一手を短時間で考えます。まぁ実際この言葉ほどにガチガチに考えることはほぼないですが。

 

 

 

一口にボケといっても、ネタはそれが一番大きな笑いを生む状況で飛ばさないと面白くありません。ちなみに中1の合唱コンクールの出番前の緊張した空気では何言ってもウケます。僕はその状況で「栃木県....」とつぶやいただけでなぜか大ウケしました。自分でもよく分かりませんがとにかくもう「栃木県....」は合唱コンクール以外で使いません。

 

 

 

 

ウケに関しての持論はこのくらいにして、何故僕がくだらんボケを量産してスベりを覚悟しながらも他人を笑わせることに執心するのかについて書いていきます。

 

 

 

 

 

まぁ最たる理由としては「面白くないより面白いほうがいいから」 です。

 

 

 

 

 

ディスりみたいなこと言いますが、大学に入ってから色んな人と関わって僕が気づいたのは「キャラを作ってクールに話す」奴が多いということ。なんか知らんけどやたらすました顔で他人の話を聞いて、笑うところがあれば「フンッ」なんて鼻で笑い口角を少し上げるだけ。自分からは面白い話など、ウケ狙いなど一切しない。

 

 

 

 

別にそういう人はそれが楽しければそれでいいのですが、俺はそうではなかった。とにもかくにもボケて人を笑わせる。スベってもいい。スベったら正直に「ごめんスベってるな」とか「あ、俺やってるわ」適当に言っとく。ウケれば自分以外の誰かが一瞬でも楽しい気持ちになる。それが少し、嬉しい。

 

 

 

 

 

観点を変えて、世間一般としての意見にはいわゆるお調子者タイプよりクールタイプがモテるみたいな風潮があるらしいですが、個人的にはクールタイプっていうのは喋り以外に明確なアドバンテージ(顔やスタイルなど)が無いとただのスカした奴みたいになると思っています。また上に俺は「ボケすぎると芸人枠になっちゃうから気をつけて」と書いたけれど、そのようにきちんとボケを調整した上で、ここぞという時に真面目に語ることができれば別に異性に遠ざけられることはありません。むしろ逆の時も多い。

 

 

 

普段ヘラヘラしてればしているほど真面目に物事を語りだした時の驚きや心の動きは大きいと確信しています。

 

 

 

 

 

また、俺がボケる理由としてもう一つ挙げられるのは「コミュニケーションにおいての結果が確認しやすい」がある。

 

 

 

人と人とのコミュニケーションは難しいもので、自分の言葉が本当に相手にとってフィットしているのか、そうでないのかが分かりづらい。でも、そこに「ウケ」という観点を足してみるとどうか。笑うか笑わないか、という分かりやすいコミュニケーションの評価軸が誕生します(相手がこっちに合わせて笑ってくれてるときだってあるからそこはちゃんと気を付けないといけないけれど)。

 

こういうネタはダメだ、でもこれはめっちゃ好きそう、など、相手の笑いの度合いを見て会話の方向性を微調整していくことでよりよいコミュニケーションが生まれます。これも楽しい。楽しくてしょうがない。

 

 

 

 

 

 

ここまでウケについての持論をあれこれ書いてきましたが、恋愛においては「笑い」は決定力に欠けます。もしこの記事を読んで「好きな子死ぬほど笑わせたろ!」と思った方は、一回冷静になってからこちらの記事を読み込んでみてください。

モテる男は気遣い上手!彼女とのデートを成功させるためのポイント35選

 こういった土台の気遣いができてこその笑いです。まぁ僕は恋愛について偉そうにあーだこーだ言う権利はありませんしそんなつもりはありませんが、もし自分が女の子だったとしたら、この基本的な気遣いができる上に面白いというのが一番好きになるかなと感じます。

 

 

 

最後の方は少し恋愛に寄った記事になってしまいました。僕自身恋愛マスターとかそういうのではないのですが、女の子と付き合う中で無数の失敗をしてきているのでいつかそれについての記事もアップしようと思っています。

 

 

 

 

それでは。大瀬戸でした。

なりたかった大学生って、こんなんだったっけ?

こんにちは、大瀬戸です。

 

 

 

2019年は早くも6月に突入。残すところあと6ヶ月間となりました。

月日の流れは早いもので、つい最近まで高校卒業だ春休みだ何だと騒いでいたと思ったら、桜舞うよく晴れた日の中スーツを着て入学式看板の前で写真を撮られたりしていました。そんなこんなで不慣れな大学の授業を受け、ブログを書き、友達と遊び、趣味に時間を注いでいたらもう6月。

 

 

時間の流れの速さを改めて実感すると共に、この充実した日々をさらに色濃いものにしようと僕は色々と動きます。

 

 

 

さて、そんな導入はさておき僕は先日同じ高校から名門早稲田大学に進学した友達とご飯を食べました。

 

 

彼は高校時代ズバ抜けて頭がよく、模試の校内順位なども一桁しかとっていませんでした。そして当然のように早稲田に進学。卒業式で「俺勉強したい分野あんだよね」と嬉しそうに笑っていました。僕はそんな彼を見て、こいつは何かをやってくれそうだなと勝手に感じていました。

 

 

 

しかし、現在の彼はというと不慣れな酒を大量に飲み、馬場のロータリー(早稲田生は新宿区の高田馬場駅にあるロータリーによく集まって酒を飲んだり騒いだりしています)に滞在し、授業を切って毎日フラフラしているとのこと。彼はまぁ新天地ではっちゃけてる感覚に浸っているようでしたが、しばらく話をしていると「俺のなりたかった大学生って、こんなんだったっけなぁ....」と、天井をぼんやり見つめながら呟きました。僕はその顔を見て、なんかもったいねぇなぁと思います。

 

 

 

 

まぁ正直出席がどうだとかの話について、僕は出席状況的に他人に物をいう権利は無いのですが、書きたいのはそういった詳細ではなく、夢や目標を抱いて大学に入った優秀な学生をただの酒飲みにまでグレードダウンさせてしまう大学生の社会構造はどうなんだという話です。

 

 

 

一応ことわっておきますが、もちろんどこの大学にだって真面目に学問を修めている人間はいます。その学びに惹かれ大学を受験し、合格し、志通り勉強している人ももちろんいます。 そこに関しては先に言わせてください。

 

 

 

 

でも、という話。

 

現実問題、高校から大学に上がり、酒を覚え、大人の遊びを懸命に背伸びして覚え、大学は適当に通うなんて生活の学生は腐るほどいます。そしてそこに頭の良さや出身は一切関係ない。どんな大学にも、等しくそんな学生はいる。

 

 

 

実際僕、というより僕の大学の先輩もそうです。「実際勉強とかしなくてもまぁある程度就職対策しときゃ内定取れるみたいだよ」なんて言っています。別にそこに突っかかる気はありません。他人が学問を修めなくても大企業に入ったりしてゆるりと人生を歩むのになにも異議は無いし、お〜頑張れよって感じです。まぁおそらくこういう構造には大学生特有の全能感みたいなものが大きく影響しているのかなぁと考えたりします。

 

 

 

ただ、それって楽しいのか?とは思います。

 

 

僕は今年の四月から大学生を始めた18歳のガキ。そしてまだ大人の遊びとか何も知りません。まぁ僕自身ひねくれてるので、自分と同い年のくせに6月から背伸びして「飲み〜」とかインスタのストーリーに上げて「俺いかにも大学生してるでしょ!ねぇ見てよ!俺キラキラだよ!」みたいなアピールする奴にはなりたくねぇと思って自分からそういう会に行っていないのもありますが。

 

 

 

もうここまで書いたものを軽く読み返すと完全に意識高い系になってて自分でも笑ってしまうのですが、勉強に限らず実際に考えて、動いて、何か結果を出すという営み体力のある大学生のうちにやっておいたほうが良いと思います。自分はその第一手としてブログでの情報発信という形を取りました。

まだ始めて二ヶ月も経っていませんが、こんな初心者丸出しのブログに読者の方が140人以上付いてくださって本当に嬉しいです。ありがとうございます。

 

 

 

もちろんサークルでて騒いではしゃいで....っていうのは良いことだと思います。実際僕も色々入って友達ができて楽しいです。

 

 

 

ただ、貴重過ぎるこの大学四年間を「それ」だけで埋めたくない。 

 

 

 

何か意味のあることをしたい。情報発信でも、お金稼ぎでも。

 

 

 

昔、僕は小さい頃遠縁のおじさんによく「大学生の時が一番楽しかった、大瀬戸君も大学生になったら遊ぶんだよ」と言われました。

 

 

その時は特に何も考えていませんでしたが、今思えば「あぁ、あの人は人生のピークが大学だったのか。」と感じます。

 

 

 

 

 

でも、大学生の時に主体的に行動していれば?

 

 

 

 

これを、僕がこれからの大学生活で記録し、記事として皆さんに発信していきます。

 

 

 

 

 

皆さん、僕から目を離さないでください。

 

 

 

 

 

それでは。

 

 

 

 

 

 

情熱の分散が、情熱をさらに加速させる。

 

卵は一つのカゴに盛るな 


「分散」という言葉について書かれた記事の多くにはこの名言がセットになって書かれています。それくらいこの言葉は分散のリスクとそれの対策を綺麗にまとめているということ。

 

 

今回は情熱の分散の魅力、それから一般的な考えとは少しズレる僕の持論について書いていきます。

 

 

 

 

 

大前提:情熱は分散させるべき

とにもかくにもこれがまず前提です。基本的な説明をしておくと、これは文字通り「自分が情熱を注げるものを複数持っておくこと」が大事ということ。

 

一つに入れ込みすぎると、その一つの状況で自分の精神の安定度が大きく変化してしまう。つまり、自分が情熱を注いでいる物事に振り回されてしまうのです。だから、情熱の対象をいくつも作って複数に対してアプローチする。

 

 

 

 

これはよく恋愛にも通ずると言われ、その名の通り「情熱分散理論」なんて名前で語られたりします。1人の女の子に執着しすぎると「この子を口説けなかったらもう自分には後がない」と思いつめてしまい、女子に振られぬようやたら下手に出たりキョドったりする。そして結果女子にキモがられ振られる。ということ。

 

 

対して口説く(=情熱を注ぐ)女の子が複数いれば、「別にこの子彼女にできなくてもあの子がいるし」といった風にストックに対する余裕が出ます。そして結果としてはこの余裕を持つ男のほうがモテる。チャラ男がモテるっていうのは、まぁ他にも重要な要素があるのですが基本的にはどうやらこんな仕組みのよう。

 

 

 

さて、話が若干逸れてしまいましたが戻ります。上のように僕たちは情熱の分散をさせることでよりよく生きられるということです。例えば色んな趣味を持つとか。仕事や学校で上手く行かなかったら、趣味のギターに情熱を注いでしばし現実を忘れる。そうしている内に仕事への情熱はまた回復していく。そのタイミングでまた戻る。

 

 

 

 

僕はこれをソシャゲの回復待ちみたいなものだと考えています。一つのゲームで体力が切れた(=何か嫌なことがあってやる気をなくした)ら、別のゲームでしばらく遊んでればそのゲームの体力は回復する。

 

 

 

 

 

そして、ここからが僕の持論です。

 

 

 

よく情熱の分散について語られる時はただ「分散」という風に書かれることが非常に多いのですが、僕はこれに違和感を感じています。なぜなら、ただ分散してそのまま同時進行させると情熱がもったいないから。

 

 

情熱のマルチタスクはもったいない

 

 

 

 

人間、何かを成し遂げるにはやる気なり情熱といったものが必要なのは明らかなのですが、その情熱を一点に注ぐ必要があると知っている人はそこまで多くありません

 

 

 

僕が何を言いたいのかというと、情熱は分散した上でスイッチのように切り替えるのがよい、です。

 

 

 

上の例であれば、仕事をやる時は仕事に全てのエネルギーを注ぎ込み、他のこと(趣味のギターなど)のことは考えない。しかしひとたび仕事へのパワーが切れたら、すぐさま趣味に全力投球する。その間、仕事への情熱は回復していきます。そしてまた仕事へ......という感じです。

 

 

 

 

 

情熱の分散について書いてはきましたが、結局は逃げ道を増やせばいいという話です。攻撃、挑戦する道は多すぎると迷うけど、逃げ道はいくつあっても困らない。そういう話です。

 

 

 

 

その逃げ道はなんでも良いです。音楽でも、旅でも、ゲームでも、運動でも.....

 

 

 

 

逃げることに、罪悪感を感じずに、逃げまくりましょう。戦略的撤退。

 

 

 

 

逃げるのが上手いやつはカッコいいとまで思います。

 

 

 

それでは。大瀬戸でした。