俺多分ドラマの主人公

大瀬戸バカ日記

大学1年生大瀬戸。日々、書く。色々。よろしく。

ウケをアグレッシブに狙いにいく最高な人生

僕は日常の中で良識ある同年代が引くほどにくだらんボケを沢山する。そしてそんなことを繰り返していたら、普段から会話に出てくるキーワードをいかに自分のボケに引きずり込むかという本当にアホみたいな技を決めるためのアンテナが発達しました。

 

 

 

 

さすがに自分の上手く行ったボケを文字に起こして自分のブログに書き全世界に発信するのはこんな記事を書いている僕本人としてもキツすぎるものがあるので僕のボケの詳細については書きませんが、まぁとにかく僕はやたらボケます。他人を笑わせるために。

 

 

 

 

でもスベりもします。当然です。相手と自分の共有知識が薄い分野でボケると地獄みたいな時間が流れます。僕は以前バイト先の40代のマダム(この相手からウケを取ろうとするのがそもそもの間違いである)と何故かアボカドの話になり、その時に

 

 

「アボカドって切ったらもう植物細胞の断面図そっくりですもんね」

 

 

と少しボケを入れてみた。

 

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アボカド

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細胞の断面図

時が止まった。あの時の俺はDIOよりも承太郎よりも時を止めた。確かにそう言える。マダムは本当に固まってしまった。時を、止めた。

 

今気づいたが、そもそも噛み合わないボケの例として紹介したけどこれに関しては誰に言っても多分スベる。何を言っているんだ俺は....。

とにもかくにも、ウケ狙いというものには常に「ド滑り→空気凍結」のリスクを孕んでいることを伝えたかった。あと他人がスベった時に「お前スベったなw」とかいう奴5億%自力で面白いこと言えません。他人のアラ探しもしくはイジりでしか笑いを取れない愚か者です。そいつがいる場面で無用なウケ狙いは避けましょう。

そのエネルギーは好きな子の前か笑ってくれる友達の前まで取っておきましょう。まぁ好きな子にウケ狙いしまくっても芸人枠になるだけだからそのへんは上手にバランス取る必要がありますが.....。
 

 

 ☆   ★   ☆

 

 

 

「ウケ」というのは野球のバッターみたいなものであり、相手のピッチャーはここが弱い、またこの会場でも弱い、など相手(友達など)を取り囲む様々な要素を考慮した上で最善の一手を短時間で考えます。まぁ実際この言葉ほどにガチガチに考えることは少ないですが。

 

一口にボケといっても、ネタはそれが一番大きな笑いを生む状況で飛ばさないと面白くありません。ちなみに学校の合唱コンクールの出番前の緊張した空気では何言ってもウケます。僕はその状況で「栃木県....」とつぶやいただけでなぜか大ウケしました。自分でもよく分かりませんがとにかくもう「栃木県....」は合唱コンクール以外で使いません。

 

 

 

ウケに関しての持論はこのくらいにして、何故僕がくだらんボケを量産してスベりを覚悟しながらも他人を笑わせることに執心するのかについて書いていきます。

 

 

 

 

まぁ最たる理由としては「面白くないより面白いほうがいいから」 です。

 

ディスりみたいなこと言いますが、大学に入ってから色んな人と関わって僕が気づいたのは「キャラを作ってクールに話す」奴が多いということ。なんか知らんけどやたらすました顔で他人の話を聞いて、笑うところがあれば「フンッ」なんて鼻で笑い口角を少し上げるだけ。自分からは面白い話など、ウケ狙いなど一切しない。

 

 

別にそういう人はそれが楽しければそれでいいのですが、僕はそうではなかった。とにもかくにもボケて人を笑わせる。スベってもいい。スベったら「うわスベったわ!!!フォローとか無いんすか!!!」とか適当に言っとく。ウケれば自分以外の誰かが一瞬でも楽しい気持ちになる。それが楽しくてたまらない。

 

 

 

観点を変えて、世間一般としての意見にはいわゆるお調子者タイプよりクールタイプがモテるみたいな風潮があるらしいですが、個人的にはクールタイプっていうのは喋り以外に明確なアドバンテージ(顔やスタイルなど)が無いとただのスカした奴みたいになると思っています。また上に僕は「ボケすぎると芸人枠になっちゃうから気をつけて」と書きましたが、そのようにきちんとボケを調整した上で、ここぞという時に真面目に語ることができれば別に異性に遠ざけられることはありません。むしろ逆の時も多い。

普段ヘラヘラしてればしているほど真面目に物事を語りだした時の驚きや心の動きは大きいと確信しています。

 

 

 

また、僕がボケる理由としてもう一つ挙げられるのは「コミュニケーションにおいての結果が確認しやすい」があります。

 

人と人とのコミュニケーションは難しいもので、自分の言葉が本当に相手にとってフィットしているのか、そうでないのかが分かりづらい。でも、そこに「ウケ」という観点を足してみるとどうか。笑うか笑わないか、という分かりやすいコミュニケーションの評価軸が誕生します。こういうネタはダメだ、でもこれはめっちゃ好きそう....など、相手の笑いの度合いを見て会話の方向性を微調整していくことでよりよいコミュニケーションが生まれます。これも楽しい。楽しくてしょうがない。

 

 

 

 

 

 

ここまでウケについての持論をあれこれ書いてきましたが、恋愛においては「笑い」は決定力に欠けます。もしこの記事を読んで「好きな子死ぬほど笑わせたろ!」と思った方は、一回冷静になってからこちらの記事を読み込んでください。

モテる男は気遣い上手!彼女とのデートを成功させるためのポイント35選

 こういった土台の気遣いができてこその笑いです。まぁ僕は恋愛について偉そうにあーだこーだ言うつもりはありませんが、もし自分が女の子だったとしたら、この基本的な気遣いができる上に面白いというのが一番好きになるかなと感じます。

 

 

 

最後の方は少し恋愛に寄った記事になってしまいました。僕自身恋愛マスターとかそういうのではないのですが、女の子と付き合う中で無数の失敗をしてきているのでいつかそれについての記事もアップしようと思っています。

 

 

 

それでは。大瀬戸でした。

なりたかった大学生って、こんなんだったっけ?

こんにちは、大瀬戸です。

 

 

 

2019年は早くも6月に突入。残すところあと6ヶ月間となりました。

月日の流れは早いもので、つい最近まで高校卒業だ春休みだ何だと騒いでいたと思ったら、桜舞うよく晴れた日の中スーツを着て入学式看板の前で写真を撮られたりしていました。そんなこんなで不慣れな大学の授業を受け、ブログを書き、友達と遊び、趣味に時間を注いでいたらもう6月。

 

 

時間の流れの速さを改めて実感すると共に、この充実した日々をさらに色濃いものにしようと僕は色々と動きます。

 

 

 

さて、そんな導入はさておき僕は先日同じ高校から名門早稲田大学に進学した友達とご飯を食べました。

 

 

彼は高校時代ズバ抜けて頭がよく、模試の校内順位なども一桁しかとっていませんでした。そして当然のように早稲田に進学。卒業式で「俺勉強したい分野あんだよね」と嬉しそうに笑っていました。僕はそんな彼を見て、こいつは何かをやってくれそうだなと勝手に感じていました。

 

 

 

しかし、現在の彼はというと不慣れな酒を大量に飲み、馬場のロータリー(早稲田生は新宿区の高田馬場駅にあるロータリーによく集まって酒を飲んだり騒いだりしています)に滞在し、授業を切って毎日フラフラしているとのこと。彼はまぁ新天地ではっちゃけてる感覚に浸っているようでしたが、しばらく話をしていると「俺のなりたかった大学生って、こんなんだったっけなぁ....」と、天井をぼんやり見つめながら呟きました。僕はその顔を見て、なんかもったいねぇなぁと思います。

 

 

 

 

まぁ正直出席がどうだとかの話について、僕は出席状況的に他人に物をいう権利は無いのですが、書きたいのはそういった詳細ではなく、夢や目標を抱いて大学に入った優秀な学生をただの酒飲みにまでグレードダウンさせてしまう大学生の社会構造はどうなんだという話です。

 

 

 

一応ことわっておきますが、もちろんどこの大学にだって真面目に学問を修めている人間はいます。その学びに惹かれ大学を受験し、合格し、志通り勉強している人ももちろんいます。 そこに関しては先に言わせてください。

 

 

 

 

でも、という話。

 

現実問題、高校から大学に上がり、酒を覚え、大人の遊びを懸命に背伸びして覚え、大学は適当に通うなんて生活の学生は腐るほどいます。そしてそこに頭の良さや出身は一切関係ない。どんな大学にも、等しくそんな学生はいる。

 

 

 

実際僕、というより僕の大学の先輩もそうです。「実際勉強とかしなくてもまぁある程度就職対策しときゃ内定取れるみたいだよ」なんて言っています。別にそこに突っかかる気はありません。他人が学問を修めなくても大企業に入ったりしてゆるりと人生を歩むのになにも異議は無いし、お〜頑張れよって感じです。まぁおそらくこういう構造には大学生特有の全能感みたいなものが大きく影響しているのかなぁと考えたりします。

 

 

 

ただ、それって楽しいのか?とは思います。

 

 

僕は今年の四月から大学生を始めた18歳のガキ。そしてまだ大人の遊びとか何も知りません。まぁ僕自身ひねくれてるので、自分と同い年のくせに6月から背伸びして「飲み〜」とかインスタのストーリーに上げて「俺いかにも大学生してるでしょ!ねぇ見てよ!俺キラキラだよ!」みたいなアピールする奴にはなりたくねぇと思って自分からそういう会に行っていないのもありますが。

 

 

 

もうここまで書いたものを軽く読み返すと完全に意識高い系になってて自分でも笑ってしまうのですが、勉強に限らず実際に考えて、動いて、何か結果を出すという営み体力のある大学生のうちにやっておいたほうが良いと思います。自分はその第一手としてブログでの情報発信という形を取りました。

まだ始めて二ヶ月も経っていませんが、こんな初心者丸出しのブログに読者の方が140人以上付いてくださって本当に嬉しいです。ありがとうございます。

 

 

 

もちろんサークルでて騒いではしゃいで....っていうのは良いことだと思います。実際僕も色々入って友達ができて楽しいです。

 

 

 

ただ、貴重過ぎるこの大学四年間を「それ」だけで埋めたくない。 

 

 

 

何か意味のあることをしたい。情報発信でも、お金稼ぎでも。

 

 

 

昔、僕は小さい頃遠縁のおじさんによく「大学生の時が一番楽しかった、大瀬戸君も大学生になったら遊ぶんだよ」と言われました。

 

 

その時は特に何も考えていませんでしたが、今思えば「あぁ、あの人は人生のピークが大学だったのか。」と感じます。

 

 

 

 

 

でも、大学生の時に主体的に行動していれば?

 

 

 

 

これを、僕がこれからの大学生活で記録し、記事として皆さんに発信していきます。

 

 

 

 

 

皆さん、僕から目を離さないでください。

 

 

 

 

 

それでは。

 

 

 

 

 

 

情熱の分散が、情熱をさらに加速させる。

 

卵は一つのカゴに盛るな 


「分散」という言葉について書かれた記事の多くにはこの名言がセットになって書かれています。それくらいこの言葉は分散のリスクとそれの対策を綺麗にまとめているということ。

 

 

今回は情熱の分散の魅力、それから一般的な考えとは少しズレる僕の持論について書いていきます。

 

 

 

 

 

大前提:情熱は分散させるべき

とにもかくにもこれがまず前提です。基本的な説明をしておくと、これは文字通り「自分が情熱を注げるものを複数持っておくこと」が大事ということ。

 

一つに入れ込みすぎると、その一つの状況で自分の精神の安定度が大きく変化してしまう。つまり、自分が情熱を注いでいる物事に振り回されてしまうのです。だから、情熱の対象をいくつも作って複数に対してアプローチする。

 

 

これはよく恋愛にも通ずると言われ、その名の通り「情熱分散理論」なんて名前で語られたりします。1人の女の子に執着しすぎると「この子を口説けなかったらもう自分には後がない」と思いつめてしまい、女子に振られぬようやたら下手に出たりキョドったりする。そして結果女子にキモがられ振られる。ということ。

対して口説く(=情熱を注ぐ)女の子が複数いれば、「別にこの子彼女にできなくてもあの子がいるし」といった風にストックに対する余裕が出ます。そして結果としてはこの余裕を持つ男のほうがモテる。チャラ男がモテるっていうのは、まぁ他にも重要な要素があるのですが基本的にはこんな仕組み。

 

 

さて、話が若干それてしまいましたが戻ります。上のように僕たちは情熱の分散をさせることでよりよく生きられるということです。例えば色んな趣味を持つとか。仕事や学校で上手く行かなかったら、趣味のギターに情熱を注いでしばし現実を忘れる。そうしている内に仕事への情熱はまた回復していく。そのタイミングでまた戻る。

 

僕はこれをソシャゲの回復待ちみたいなものだと考えています。一つのゲームで体力が切れた(=何か嫌なことがあってやる気をなくした)ら、別のゲームでしばらく遊んでればそのゲームの体力は回復する。

 

 

 

そして、ここからが僕の持論です。

 

よく情熱の分散について語られる時はただ「分散」という風に書かれることが非常に多いのですが、僕はこれに違和感を感じています。なぜなら、ただ分散してそのまま同時進行させると情熱がもったいないから。情熱のマルチタスクはもったいない

 

 

人間、何かを成し遂げるにはやる気なり情熱といったものが必要なのは明らかなのですが、その情熱を一点に注ぐ必要があると知っている人はそこまで多くありません

 

僕が何を言いたいのかというと、情熱は分散した上でスイッチのように切り替えるのがよい、です。

 

上の例であれば、仕事をやる時は仕事に全てのエネルギーを注ぎ込み、他のこと(趣味のギターなど)のことは考えない。しかしひとたび仕事へのパワーが切れたら、すぐさま趣味に全力投球する。その間、仕事への情熱は回復していきます。そしてまた仕事へ......という感じです。

 

 

 

情熱の分散について書いてはきましたが、結局は逃げ道を増やせばいいという話です。攻撃、挑戦する道は多すぎると迷うけど、逃げ道はいくつあっても困らない。そういう話です。

 

 

 

その逃げ道はなんでも良いです。音楽でも、旅でも、ゲームでも、運動でも.....

 

 

 

 

逃げることに、罪悪感を感じずに、逃げまくりましょう。戦略的撤退。

 

 

 

 

 

それでは。

 

 

 

 

 

 

 

学生は、迷ったらきつい方を選ぼう

 

 僕の好きな小説である「季節」という作品の一節にこんなものがあります。

主人公の身の周りで起こる様々な出来事に対して、思い悩みながらも突き進んでいった彼の青春時代の回想シーンです。

 

 

 

ぼくは生きた。この世の中を。ぼくは選択した。この自分を。

 

迷い、苛立ち、叫び、生きた。

 

ぼくは沢山間違えた。間違えてばかりだった。

 

そんなぼくだが、ひとつだけ間違っていないと胸を張って言えることがある。

 

それは"決して安易な道に滑り落ちずに生きた"ことだ。

 

人間は弱い。何も考えずに生きていればすぐに楽な方向へと歩いてしまう。そこをこらえるのだ。

 

迷えば、まず険しい道を行く。若いものはこれでよい。

 

もしも傷を負いそうになったら、帰ってくればよい。

 

そうして少し休んだら、また外に出る。

 

こうして、成長していくのだ。

 

 

 

 

実際には「季節」なんて小説は存在せず上の文章も僕が自室で適当に10分程度で書いたものなのですが、この記事で言いたいことは大体つかむことができたかと思います。

そう、簡単に言えば「迷ったらきつい方」という考えについてです。

 

 

 

 

 

 

そしてこの言葉の通り、僕たちは日々たくさんの選択に迫られながら生きています。

 

 

 

 

朝、パンを食べるか、お米を食べるか。

 

 

 

今日はTシャツ一枚で行くか、トレーナーで行くか。

 

 

 

欲しいあのスニーカーを買うか、買わないか。

 

 

 

他人に優しくするか、しないか。

 

 

 

 

 

基本的に日常での選択は無意識のうちに処理されるものが大半で、意識の水面に浮かんできたとしても一瞬で決まるものが多い。

 

 

 

 

でも、この人生を生きていると必ず大きな選択に迫られる時がある。

そんな時、明確な指針を持って決断を下していると自信を持って言える人がどれだけいるだろうか。

 

 

 

 

 

もし、自分にその明確な指針が無いのならば、明日からは「迷ったらきつい方」という指針をもとに生きてみることを強くおすすめする。特に学生の間は。

 

 

 

 

☆     ★     ☆

 

 

 

 

僕は高校受験を控えた中学3年生の秋に、まだ迷っていた。陸上競技の強豪校に推薦入学をするか、公立の進学校へ行き難関大学への進学を狙い三年間勉強をしながらも陸上をやるか。

 

 

そんな迷いを母親に伝えたところ、母親は僕に「迷ったらきつい方に行きな。その方が絶対に得られるものは多いから。」と言いました。僕はその言葉をまだ覚えていて、未だに人生における選択をする時はその言葉を思い浮かべます。

 

 

ここで一切の勉強をやめてスポーツ校に推薦で入るのは楽かもしれない。僕は勉強が好きじゃなかったし、曲がりなりにも陸上で全国大会に出場していたのだから、高校でトップとは言わずともある程度の活躍ならできる気もした。でも、僕はその選択肢を考えるたびにあの言葉のことも考えていた

 

 

結果、僕は公立の進学校に行くと決心し勉強。それまでの貯金は多少あったものの秋からの追い込みが功を奏し何とか合格。僕の高校の合格発表は「受験生全員が学校の窓口の前に並び、そこで封筒をもらい、開けて合否を確認する」 という心拍数の上昇率で考えたら富士急の新アトラクションとして採用しても差し支えなさそうな方式を取っていたが、そこで「合格」の文字を見た瞬間、「あの時きつい方選んでて良かったな」と心の底から思った

 

 

 

人生において分岐が存在する時、それらには必ず「きつさ」という観点での優劣が存在する。そんな分岐点に立った時、人は良く楽な方を選ぼうとする。

 

 

 

でも、僕はきつい方を選ぶべきだと思う。自分の感覚からして「きつそう」と思うということは、それが自分の能力で処理できる物事のエリアを越えているということ。

 

 

 

 

そこにあえて飛び込んでいく。これが社会人ならそこまでの冒険、挑戦をするのは頂けないかもしれないけど、学生なら是非に挑戦をするべき。戦いの中で成長できる。

 

 

 

 

一度その道に進むと決心し、壁を越えるための努力をする。その時点で、人は成長する

 

 

 

もしこれで楽な道を選んだらどうか?自分の能力で十分処理しきれる、越えるのが容易な壁をヒョイと越えて終わり。成長も何もあったもんじゃない。

 

 

 

スマブラでレベル3のCPと戦って練習するか、レベル8のCPと戦って練習するか、強くなれるのはどっちか。答えは明白。

 

 

 

 

 

 

偉そうなことを18歳の癖に書いてしまいました。俺もこの記事に恥じぬようレベル8,いや9、10の相手と戦って日々成長します。

 

 

 

 

それでは。

 

 

 

 

 

受験生にオススメしたい効率の良い英単語の暗記法

こんにちは。僕は先日紆余曲折、、魑魅魍魎、様々なことがありハンドルネームを変更して大瀬戸バカ太郎って名前になりました。元々人として知性が欠けてる癖してハンドルネームに「バカ」とか入れたらどうなっちゃうんですかね。負符号の掛け合わせで正になったりしねぇかな。

まぁ簡単に言うとブログが友達にバレそうになって慌てて名前変更したって感じです。もう変えません。次バレたらその友達はっ倒して記憶消します。

 

 

 

 

 

 

さて、今回は英単語の暗記法について紹介します。僕は高校時代一番得意な科目が英語であり、河合模試では平均偏差値69ほどでした。本当に英語ができる人はこの模試で偏差値75とか平気で取ってくるので僕の実力はそういう方からしたらしょぼいものではありますが、僕は高校2年の冬に受けた河合模試の英語の偏差値が57であり、そこから英語の勉強を本気でした結果、アベレージで69取れるまでに成長しました。最高偏差値は72くらいです。大学入試でもいわゆる「英語めちゃムズい」と言われている大学に現役でなんとか滑り込むことができました。

 

 

 

 

つまり、元から英語鬼デキる!とかではなく公立高校のパンピーが必死こいて勉強したら成長したというもの。受験勉強を始めたけど英単語が覚えられずに模試や定期テストで点が取れなくて悔しいという方の力になれる自信があります。

 

 

 

 

 

英単語を効率よく覚えるには

 

高速周回です。これに尽きます。やり方としては

 

 

単語帳を開く

1単語0.5秒くらいのペースで次、次、次といった風に見る

その章が終わったらもう一度最初から同じことをする

章の単語全ての説明が一瞬で浮かぶようになったら次の章へ

 

といった感じです。覚えよう覚えようとして単語を凝視!というのはしません。その凝視している時間でどんどん先に行きましょう。分かるものも、分からないものも、等しく一瞬。

 

 

ちなみに持論ではありますが、覚えられないからといって分からない単語を重点的にやるのはあまり頂けないと僕は思っています。なぜなら、そういう暗記法をしているとその単語を見る時絶対に「覚えられないやつ」というカテゴライズを無意識下で行ってしまっているからです。覚えられないから覚えないと!という姿勢は「覚えられない」という事実をより色濃く心に刻んでしまいます。ちょっと怪しい単語があっても、バッチリ覚えている単語と同じように扱うのも良いかもしれません。あくまで持論。

 

 

また、多くの単語帳には派生語が載っているかと思いますが、これに関しても一度で覚える必要は全くありません。周回していく内に元の単語の意味が一瞬で出てくるようになるので、そうなって余裕が出てから視線を派生語にずらしていきましょう。所詮は派生語。幹となる単語が脊髄反射で飛び出てくるレベルになるまではそちらに集中。

 

 

いきなりですが、なぜ僕たちは一夜漬けで詰め込んだ定期テストの知識はすぐに忘れるのに、友達の顔や名前を覚えることができるのだと思いますか?

 

 

それは接触回数が多いからです。詰め込みの知識は文字通り一夜で暗記しようとしているため1回しか触れませんが、友達は学校や会社などあるコミュニティに行けば接触の回数が増えます。たった一回「◯◯おはよう」と挨拶をするだけの仲でも、それが一週間続けば相手の名前と顔は絶対に覚えられます。

 

 

つまり、ミルフィーユのように薄く多くを意識すれば物事は記憶できるというわけです。音楽だってそうです。僕の母は幼少期よりピアノをやっていたらしいのですが、当時の先生に「1日サボったら取り返すのに3日はかかる」と言われていたといいます。もちろんそこには音楽の特性なども関連してくるとは思いますが、基本的には「触れないことによって記憶が薄れていく」のです。とにかく繰り返す。繰り返す。

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 このクソきったねぇ単語帳は僕が受験期に使用していた「鉄壁」と呼ばれる単語帳です。僕はこいつで偏差値爆上げさせました。最高。

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ただ方法論として繰り返すことを言うだけではなんだか説得力に欠けるので貼っておきます。

暇な時、やる気がでない時、電車の移動時間、駅の階段を登る時、降りる時、学校までの道、学校までの道の横断歩道の信号待ちの時間、その他ほぼ全てのスキマ時間に僕はこの単語帳を開いていました。

 

努力自慢に聞こえてしまったなら申し訳ないですが、あくまで一例。

もっと少ない努力量で僕より沢山の単語を高い解像度で覚えられる人もこの世には沢山います。ですが、自分にはそんな優秀な地頭は備わっていないと理解していたので、正面からの努力という道しか無かったというだけの話です。

 

とはいえ、このくらいやると英単語に関して心配な部分はほとんど消え失せます。あと、ここまでやりこむと一種の意地のようなものが生まれて楽しくなってきます。「ここまで来たらもっとボロくなるまで使いてぇな」みたいな。

愛着というより、愛。

 

 

 

 

また、音読についてですが、僕の考えでは単語帳を使って学習している時には音読する必要はありません。もちろん付属のCDなどでリスニングの練習をするのは良いことだと思いますが、本格的な音読となると過去問や問題集に掲載されている長文を音読する方が良いかと思います。

 

 

ここで一つ、僕が大学受験英語における「音読崇拝」について受験生時代考えていたことを書きます。

 

英語学習というのは日本の大学受験だけではなく世界各国で行われています。ですが、日本ほど音読を大切に、口を悪くして言えば盲目的に音読を勧めるところはありません。一度気になって塾の先生にそのことを聞いてみたところ「音読に絶大な効果があると言っているのは日本くらい。ただ、音読で実際に成績を急上昇させた人も実在するから話がこんがらがってくる。」と言っていました。

 

海外の大学で、世界レベルで見てもトップの頭脳を持つ大学教授が英語学習についてまとめた論文に音読を勧めているパートが見受けられることは少ないということです。

 

 

偉そうなことを書いてしまいましたが、この分野については僕は確かな答えを出すことができません。言うとしたら、「音読をただ漠然とやるのは時間がもったいない」「やるなら自分がこれをやれば成績が上がると信じた方法でやる」です。音読を受験英語においての秘密兵器、ジョーカーのように必要以上に崇拝している人が学校や塾に多かったので、一応書いておきました。

 

 

 

 

 

まとめ

  • 英単語暗記は高速暗記がオススメ
  • 音読はやるならよく調べてから信じた方法でやる

です。

 

これからも英語の勉強法についての記事は随時アップしていこうと思いますが、なにか質問や要望などがあれば僕のTwitterにぜひメッセージをよろしくお願いします!

 

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それでは。