本日のドラマチック

本日のドラマチック

首都圏在住の大学一年生。Twitter:@climax_in_drama

意識高い系大学生がバカにされるのはおしゃべりマンの責任だ

 

この平成時代も後わずか。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 

 

 

令和時代の幕開けの前に、平成時代が生み出したモンスター「意識高い系」について考えていこうと思います。

 

 

 

その前に、「意識高い系」とはそもそも何者なのか、そしてそのワードの生い立ちについて触れていきましょう。

 

 

Wikipediaによると、「意識高い系」のページには

 

 

意識高い系(いしきたかいけい)とは、自分を過剰に演出する(言い換えれば、大言壮語を吐く)が中身が伴っていない若者前向きすぎて空回りしている若者、インターネットにおいて自分の経歴・人脈を演出し自己アピールを絶やさない人などを意味する俗称である。

 

 

 とまぁわかりやすく彼らの特徴が述べられています。そしてさらにその生い立ちについて調べてみると

 

 

2000年代半ばに、就職活動の場面において使われ出した「意識が高い学生」という言葉は「能力が高く、知識も経験も豊富な優秀な人材」という意味を持ち、ネガティブなイメージは無かった 

 

 

初めは「意識高い系」という言葉ではなく「意識が高い学生」であり、その字面から察することができるように悪い意味はなかったようですね。 しかし。

 

 

しかし、2008年に発生したリーマン・ショックの影響により学生の求人が減ったことや、TwitterFacebookなどのサービスが日本に上陸したことで、目立ちたがりの学生が実際に目に着くようになった

 

 

雲行きが怪しくなって来ましたね。そしてその変化にSNSの台頭が絡んでいるのはとても面白いです。意識高い系ってとにかくSNSでのアピール大好きで声だけデカいですし。俺が中学生の時の野球部の顧問か?

 

 

学生が各種講演会に出向いたり学生団体を立ち上げたりしたことをSNSに投稿するようになり、その欺瞞的態度に対する批判が挙がった朝日新聞社が運営するwithnewsは、2008年時点で既に「意識の高い学生」という言葉は末尾に「(笑)」が付けられるなど嘲笑の対象とされており、2010年になるともはや嫌悪の対象となっていたと報じている。

 

 

もうこのあたりから現在の意識高い系に対する感情と一致し始めますね。というわけで、意識高い(笑)のニュアンスが誕生したのは2008年。もし友達と喋っている時に意識高い系についての話題が出たらすかさずこのトリビアをぶち込んでみるのをオススメします。多分キモがられますし僕は使いません。

 

 

 

 

☆       ★        ☆

 

 

 

 

 

ここまで「意識高い系」についての辞書的解説をしてきましたが、ここからは彼らについての太宰ドラマ(僕の名前です)的論を広げていこうと思います。

 

 

 

 

大前提:意識が高いのは素晴らしいこと

 

まぁまずこれなんですよね。意識が低いよりは高い方が良いのは確か。アンテナを高く張ることで世の中の様々な事象が見えてきたり、新たな出会いに恵まれたりする

 

 

僕は中学生の時に陸上をやっていたのですが、陸上に対して意識が高い人間だったのでラストシーズンを控えた中学二年生の冬の毎週日曜日に陸上講習会に行っていました。講習自体は参加自由で僕の地区の指導者がほぼボランティアで開いているのですが、僕はなんとなく「いいもん吸収できねぇかな」と思い参加しました。するとその地区で一番速いやつと隣のレーンで走れたり、強豪校の顧問の先生の方に一対一でアドバイスを頂けたりといいことづくし。自分の学校で練習する時にも意識できるポイントをもらえたりと最高でした。

 

 

よくバカにされる意識高い系もビジネス書や自己啓発書をちゃんと読んでるのであればそこに関しては評価すべき。普通に学びの姿勢を持ってるしすげぇ。

 

 

 

じゃあ何が問題なのか?というと

 

 

 

 

 

中身が伴わないのにSNSでアピールをしてしまうところ

 

 

です。冒頭のWikiにも、この記事のタイトルにもあるように自分の意識の高さをSNSでうるさいぐらいにアピールしてしまう「おしゃべりマン」が存在するのが問題なのです。こいつらはとにかく「意識を高く持って学んでいく」姿勢より「意識を高く持っている自分をみんなに見せつける」姿勢の方が強い。学習意欲に自己顕示欲が勝ってしまっているから周りにバカにされてしまう。そしてそういう人間は得てして学習ができていません。

 

 

そりゃそうだ。スタバで買ったばっかのビジネス書をビニール袋から取り出して写真を撮って「今日もお勉強です。頑張ります。」とかなんとか書き込んでツイートボタンを押した瞬間に本をカバンにぶち込んでスマホで5chスレまとめなんか読んでたら付く教養も付かねぇ家でテンションブチ上げてマスカキでもしてるほうがよっぽど良い

 

 

 

持論でしかありませんが、正直上のように外見を飾り付けることに執心するくらいならビジネス書なんて捨てて飲みサーにでも入って遊び回る生活をしていた方がコミュニケーション力の向上やおいしいご飯処を知れるという点で有益だと思います。

 

 

 

 

何が言いたいのかというと、行動しない人間において意識の高さというのは毒にしかならないということです。繰り返しになりますが、確かに意識を高く持つことは素晴らしいです。しかし腰を上げて行動せずにいるとだんだん無意味なプライドばかりが太ってしまい手の付けようがなくなってしまいます。

 

 

 

 

 

 

.....なんて、ここまで大学に入って一ヶ月も経たないガキが偉そうに講釈を垂れてきました。正直こんな記事を書いて僕が行動せずにだらだらとブログを書いているだけでは本当にただのクソゴミになってしまいます。

 

 

 

 

 

なので、僕、太宰ドラマはこれからブログを更新しつつこれからの人生に役に立つ経験、要は意識高い行動を始めることをここに宣言します。

 

 

 

 

それでは。良いGWをお過ごし下さい。

 

 

僕はiPhone SEを手放せない。SE難民だ。

最近街でiPhoneXやらXSやらXRを見かける回数が増えた。2017年の11月に発表された時は、今までのiPhoneとは一線を画すベゼルレスデザインや最廉価でも11万を超えるその価格設定でかなりの話題となった。

 

 

 

 

ネットでは「M字ハゲかな?」「ダサすぎて草」「ジョブズはもういない」などとお決まりの新機種ディスがなされたが、X発表時のそれは特にひどく、僕が見たところでは「こんなん売れるわけねぇだろ」という書き込みが今までで一番多いように思われた。

 

 

 

 

けれど今、現に世の人々は広くiPhone Xを使っている。現に発売直後の普及率の伸びはiPhone8よりXのほうが大きかったという。

 

 

 

 

僕の友達もだいたいXシリーズを使っている。久しぶりに会った友達が6sやら7からXに変えていたことがとても多い。ちなみにド偏見を挟むとインスタのストーリーにタピオカなう!って上げてる奴らのiPhoneはだいたいXシリーズ。だいたい今タピオカ流行りすぎだろ。去年の10月あたりに吉野家が赤字やら低迷やらしてるっていうニュース見たけどあんなん牛丼の肉の代わりにタピオカでも乗せとけば業績超上昇して今頃GAFAの仲間入りだった。判断が遅い。俺に社長をやらせろ。一週間は持つ自信がある。

 

 

 

 

話題がちびまる子ちゃんの永沢君の性格並に曲がってしまった。ちびまる子ちゃんといえば、「前田氏 傍若無人集」という動画をご存知だろうか。これはちびまる子ちゃんの登場人物である前田さんというとんでもなくヤバい人間のかなりヤバい言動を集めた動画だ。簡単に言うと安田大サーカスクロちゃんみたいな動画。超面白い。


前田氏、傍若無人集①

 

 

ちなみに僕のお気に入りは「従順にタマのポーズを取り続ける小杉君」だ。意味不明。f:id:climax_in_a_drama:20190427230949p:plain

ちなみに僕はちびまる子ちゃんで一番好きなキャラは山田です。あいつは可愛すぎる。

 

 

話が逸れすぎた。

 

 

 

ともかく、この世の中はiPhoneXシリーズが普及が進んでいる。

 

 

 

そんな中、僕は未だにiPhone SEを使っている。いや、使わざるを得ないのだ。

 

 

 

iPhone SEと聞いて「なにそれ?」となる人もいるだろう。この機種はその良さとは裏腹に知名度が絶望的に低い。大学やバイト先の休憩時間などで携帯をいじっていると高確率で「そのiPhone何??」と聞かれる。

 

 

 

それもそのはず。SEは発表時期こそ6sの後だが、そのボディは5sとほぼ同じで知っている人にしか見分けが付かない。それに6sのチップをぶち込んだものがSE。すごく簡単に言うと明石家さんまの魂が乗り移ったほいけんたである。

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再現ドラマに出てくる「明石家さんま役」

 

このiPhoneSE、何が最高かってとにかくその取り回しの良さ。コンパクト。まさにスマートフォンって感じ。ちなみに俺はこの意見に対して「スマートフォンのスマートって大きさのことには言及してないからなw」と言ってくる奴がいるのは知ってる。普段の俺ならその時点で話題を変え「は?俺、お前よりスネ毛濃いんやが.....?」と江戸の敵をスペインで討つレベルの論点ずらしを行いフリースタイルラッパーも呆れて東横線に乗って直帰するレベルの論破をするのだが、自分のブログを読んでくださり、ちびまる子ちゃんのもはやタイトル詐欺のような文章も越えてここにたどり着いてくださった方にはそんな下らないディスよりも最高の感謝をしたい。ありがとうございます。

 

 

真面目に話をすると、SEの小ささは本当にちょうどいい。大きさがちょうど良すぎるあまり最近の「スマホ巨大化ムーブメント」について行けずに携帯を変えられずにいる。SE難民だ。SEを使わざるを得ない。大体「デカいが正義」みたいな価値観は誰が言い始めたんだよ。高校生がよくやるチ◯コについての議論じゃあるまいし....

 

 

 

SEは片手で操作するのに最適化されているといっても過言ではないだろうし、パンツのポケットに入れても「スマホ入れてますよ」感が出ない。ついでに言うと背面カメラが出っ張ってなくてフラットなのもカッコいい。

 

 

 

 

あと、SEは5sとは違いエッジの光沢がなくなり良く言えばマットに、悪く言えばチープになったと言われるが、僕はこの光沢のない、光らない感じも大好きだ。逆に言うけど使い込んでハゲてる光沢ってちょっとどうなんだ?60過ぎて昔のヤンチャ自慢してるおじさんと何も変わらない気がするが....

 

 

 

 

兎にも角にも、SEは最高。Appleはこのブログを読んだらさっさとSEと同じ4インチの新スマホ作成に取りかかれ。それが嫌なら俺のブログを公式Twitterでシェアするか、タピオカ付きのAirPodsを販売しろ。吉野家に先を越されるな。急げ。

 

 

 

 

 

読んでくださり、ありがとうございました。

プロフィールに使えるなんかイイ感じの画像が欲しければUnsplashで探そう

 

あなたの周りに「SNSのプロフィールがやたらオシャレな奴」、いませんか。

 

 

 

 

 

こういう画像を設定していたり

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はたまたこういう画像を使っていたり。

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とにかくオシャレで画質が良い。

 

 

 

 

 

こんな画像が欲しい。プロフィールにぶち込みたい。

 

 

 

 

 

だってそうじゃないですか。プロフィール画像はダサいよりカッコよくてオシャレな方が良いに決まってる。

 

 

 

周りが次々とこういうオシャレ画像だったり部活の試合で撮ってもらったであろうカッコいい写真をプロフィールに設定してる中、一人だけ地元の友達と花火を振り回して相手の服に引火させるバトルの写真を使っていた俺が言うんだから間違いない。何のバトルだよ。よい子はそもそもこんな気持ち悪いことしないだろうからわるい子に注意する。こんなことすんなよ。俺は言ったからな。

 

 

 

 

そんなことはさておき、いい感じの画像、欲しいですよね。

そんな時に最高に使えるのがUnsplashというサイト。

https://unsplash.com/

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商用利用可能、著作権表記不要、改変自由なフリー画像サイト。画像数50万越え。

 

 

 

 

 

 

 

もうこのサイトは最高。最高がすぎる。

 

 

 

 

 

欲しい画像の雰囲気のワードを検索窓に入れるだけで簡単にオシャレ画像が探せる。

例えば「海の画像が欲しいな〜」と思ったら検索窓に「sea」と入れる。

 

 

 

 

 

検索する。

 

 

 

 

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オシャレが出てくる。

 

 

 

 

少し下も見てみる。

 

 

 

 

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またオシャレが出てくる。

 

 

 

 

他のワードでもやってみる。今回は少しアバウトに「beautiful」で検索。

 

 

 

 

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しっかりビューティフルが出てくる。

 

 

 

 

 

 

従順すぎる。俺が中3の時の部活の後輩か?ってくらい従順。最高。

 

 

 

 

しかも、このサイトにはそれぞれのテーマに沿った画像が表示される「Collection」というものがあり、それを使えばもっと簡単に好みの画像を探せる。

 

 

 

 

 

 

何も言うことはない。

 

 

 

 

 

 

LINE、Twitter、インスタ、Facebook.....

 

 

 

 

 

オシャレなプロフィール画像が欲しければ、Unsplashを使おう。

https://unsplash.com/

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

 

今、怪我をして部活ができない君は、本田圭佑の名言を心に刻もう

 



 

キラキラとしたオルゴールの音が鳴り続ける整骨院の一室で僕は逆さまになりながらこの世界のすべてを憎んでいた。鼓動とともに痛む左足。ネガティブのごった煮をかき混ぜながら、目が覚めたときには全てがよくなっていないかなんて、下らない願いとともに目を閉じる。

 

 

 

 

☆      ★      ☆

 

 

 

 

 

こんにちは、太宰です。僕は小学六年生から高校三年生までの7年間、陸上競技をやっていました。その中で何度も何度も何度も怪我に悩まされました。特に僕が苦しんだのはハムストリングスの肉離れ。陸上部に所属していた人なら一度は聞いたことがあるかもしれませんが、「ハムを肉った」というやつです。この記事を書くにあたり、自分が今までした全ての怪我を思い出してみました。

 

 

  • 右ハムストリングス肉離れ(軽度)×1
  • 左ハムストリングス肉離れ(中度)×2
  • 右足首捻挫(中度)×1
  • 左足首捻挫(軽度)×3
  • シンスプリント×1

 

 

 

と、まぁ呆れるくらいに怪我を繰り返していました。ちなみにストレッチは毎日の部活の前とウォーミングアップの後に欠かさず行い、アップ時のジョグには春夏などの多少暖かい日でも上下長ジャージで臨んでいました。もちろん練習後のダウンの後にもストレッチをし、家に帰った後にも気を抜かずにアイシング(氷水を疲労した筋肉にあてること)。

 

 

 

ここまで自分で気をつけても怪我をする時はしてしまうものです。僕はプロの陸上選手でもなんでもないただの部活生なので、自分が十分なケアをしていると思っていてもどこかに見落としがあり、それが引き金になっていたかもしれません。ですが、お金を貰ってプレーをしているプロの野球選手やサッカー選手も往々にして怪我をします。彼らは熟練のスポーツドクターの指導の下で完璧なケアを施されているのにも関わらず。

 

 

 

 

 

だから、まずは怪我をしたということを少しだけ認めましょう。怪我をしてしばらく部活ができないというのは受け入れたくないものです。僕はクソほど認めたくありませんでした。ですが、プロでも怪我をする。ケアが完璧でも、完全でも、怪我をする。だから、自分もたまには怪我をする。こう考えて、少しだけ、ほんの少しでいいので今の状況と和解する。そうすると、自分が何をすべきなのか考える余裕が生まれます。一歩前に進める。

 

 

 

 

 

 

それでもやっぱりつらいものはつらい。僕は上記の「認める」というフェーズを超えるのに毎回苦労しました。

 

 

 

「俺より速いあいつが今日も練習を頑張っているのに、俺は。」

 

 

 

「なんで俺ばっかり。クソ。」

 

 

 

「なんのために俺は陸上をやっているんだ」 

 

 

 

 

どうしても「何で俺だけ」という考えから抜け出すのに時間をかけてしまうことがスムーズに行きませんでした。この思考はタチが悪く、答えが出ないので、いかに早く「じゃあ、どうしたらいいんだろう」という考えに移るかが勝負です。怪我を認めたほうが良いのはそのため。

 

 

 

 

そんな時、僕は決まって本田圭佑の名言を胸に暗い日々を抜け出そうとしました。

 

 

 

 

本田圭佑。最近ではプロフェッショナルの「ケイスケホンダやな」や、ペプシの「本田とじゃんけん」などですっかりネタ寄りの印象が強くなった彼ですが、僕は彼の「怪我に対する姿勢」から多くを学びました。

 

 

 

 

彼はロシアのサッカークラブチームであるCSKAモスクワに所属している時に相手選手のタックルにより負傷。右膝の半月板摘出という大手術をスペインで受けます。長期離脱となりリハビリが必要な日々。

 

 

 

 

彼の目標であるレアル・マドリードとの対戦も、日本代表としての試合も出られない。走れない。ボールが蹴れない。サッカーができない。

 

 

 

 

凡人がこの状況に置かれれば、ネガティブな感情が心を埋めつくし何もやる気が起きなくなることがほとんどだと思います。ですが、本田はこの怪我をしている真っ最中に行った関西大学での講演会でこう言い放ちました。

 

 

 

 

ケガして辛いことある 悩みがある

 

 

 

その悩み 問題をどこの角度から見るか

 

 

 

すごい辛い問題に見えるかもしれない

 

 

 

みなさんはだいたい辛いほうから見てくれているんでしょう

 

 

 

僕に対して同情の目を持って   でも

 

 

 

僕は反対から見てるからチャンスになるんです

 

 

 

その考える技術っていうか習慣を身につけて高めていって欲しいんです

 

 

 

そうすればどんな困難にもポジティブに対応でき

 

 

 

負のオーラというか マイナスな要素は持たないようになってくるかなと

 

 

 

自分の人生なんです 1回しかない人生 無駄にはして欲しくないんです

 

 

 

大げさかもしれないですけど 本当に

 

 

 

いつ死ぬか分からない人生の中で後悔のないように生きて欲しいんです

 

 

 

凡人には到底持つことのできないメンタリティ。

 

 

 

 

でも、真似することならできる。 

 

 

 

 

僕はこの名言を知ってから、怪我をしても落ち込みすぎずに「じゃあ、次はもっと強くなって復帰するためには何が必要なんだろう」と考えるようにして、動き続けることを心がけました。

 

 

 

 

その結果、僕は怪我明けの試合でベストを出せた。

 

 

 

 

 

☆     ★     ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

前向き思考には力があります。たとえ窮地に追い込まれたと感じても、絶対にポジティブな姿勢を捨てないでください。

 

 

 

 

 

 

本田圭佑のように。

他人に期待しなければ人生は楽になる。でも。

理不尽に叱りつけてくる教師。

 

 

 

 

好きとは言ってくれない彼女。

 

 

 

 

 

うまくいかないこの人生。

 

 

 

 

 

☆      ★      ☆      

 

 

 

僕たちはみんな知らず知らずのうちに他者に期待を寄せています。

「あの子がこの仕事を手伝ってくれたらいいなぁ」

「こんだけ頑張ったんだから、感謝とかねぎらいの言葉がほしいなぁ」

「お互い好きで付き合ってると思うし、好きって言ってほしいなぁ」

 

 

 

 

この期待というものはとても厄介で、僕たちは期待が裏切られた時にはじめてその存在を認知します。たとえば上にある「あの子に仕事を手伝ってほしい」という願望は「あの子」が仕事を無視して家に帰るなどの「願望を裏切るアクション」が起こったその時に落胆と怒りに変化し、水面からせり上がってきます。

 

 

「なんだ、手伝ってくれねぇのかよ」

 

「ふざけんなよ」

 

 

 

このような言葉が出るでしょうが、こんなもの他人に期待しなければ出ません。心のどこかで期待してしまうのです。しょうがない。人間なんだし。

 

 

 

僕には、無意識に他人に期待をして苦しんだ経験がたくさんあります。例えば僕が高校生のときに付き合っていた彼女のこと。ひどいケンカをしてしまい、ケンカのたびに僕がとんでもなくムカつくような態度、言葉をぶつけられ、「なんでこうなるんだよ。クソが。」と一人行き場のない怒りの刃先を虚空に揺らしていたことがありました。僕は日記をつけるのが習慣で、この時の心の状態を日記に書いていたのですが、ケンカも収まったころにそれを見返すと「あ、俺彼女に期待しすぎちゃってたんだな...謝ろ...」と感じました。日記を見るととにかく自分本位。「俺だっていろいろ考えてるのに....」だとか、「俺はそんなつもりじゃなかったんだけどな」だとか。過去の自分への説教も兼ねてここに書きますが、いくら考えたって相手にそれが伝わらなければ何もしていないのと同じ。そんなつもりじゃなくても相手に「そんなつもり」と捉えられてしまえば終わり。都合の良い解釈を相手に期待するその甘い根性を恥じろカス

他にも、彼女のケンカのときの態度がとんでもなく嫌だとも書いていましたが、これはただでさえ余裕のないケンカ中に、彼女が自分に不快感を与えぬように動いてくれる、という甘ったるい期待が僕にあったことの確かな証拠です。

 

 

ちなみに日記を書くことの良さについてはこちらの記事で紹介しています。

www.dramatic-today.com

 

 

 

 

 

くだらない自分語りを例として使ってしまいましたが、この世の不満の6割ほどは他人に期待していなければ起こらなかったものだと僕は思います。だからこそ、他人に期待しない術を身につければ人生がだいぶ楽になる。

 

 

 

 

そんな「期待しない術」として僕が考え、今も実践しているマインドセットがあります。それは「まあ〜いっか!」と言うことです。

????そんなひとことだけでおさまったら苦労せんわ、と思うでしょうが、この「まいっか」には2つの意味が込められています。

 

それは

・他人は変えることができないということへの前向きな諦め

・この場を華麗にスルーすることで自分の人間レベルが上がる、という優越感

 

 

一つ目は「過去と他人は変えられないけど自分と未来は変えられる」という、僕の中学時代の理科の先生が卒業式で話していた言葉をもとにしています。考えてみれば当たり前の話で、他人は変えられません。でも、僕たちがしてしまうよくない期待の根底には「他人を変えたい」という要素が少なからず潜んでいます。冒頭の仕事を手伝ってくれないあの子の話のように。だから諦めてしまえばいいのです。いいよいいよ。変えらんねーよ。しょうがねぇ。

 

 

 

二つ目は文字の通り、うまくいかないことに対して「クソが」と反発するのではなく、「ま、俺ならこんなの華麗にスルーできちゃうんですけどもね。」のようにムカつくことにバカ正直に取り合わずにかわしてしまい、その分「コスパのいい生き方できたな」と勝手に優越感を感じてしまう。

 

 

 

最後に一つだけ付け加えると、どうしても許せないクソには思いっきりブチ切れてください。ここで紹介しているのはそのクソに最高のエネルギーをぶつけるため、細かい怒りのエネルギーを節約するための方法です。キレるのにはコストがかかります。ぜひ節約しましょう。

 

 

 

☆      ★      ☆      

 

 

 

と、ここまで他人に期待しないことについて書いてきました。ですが、僕はこの記事を書くにあたって前半とは相反する気持ちを持っています。それは「他人に期待することは、美しい」というものです。

 

 

 

どうしても、自分に都合の良い展開を期待して人生を生きてしまう。他人に期待してしまう。そんな人間のどうしようもなさ、今にも泣き出しそうな弱さ、泥だらけになりながらもきらめく人間らしさが僕は好きです。

 

 

 

全力で他人に期待して、裏切られたりなんかして、勝手に期待したくせに落ち込んで、怒って、泣いて.....他人に期待できる人間は、それすなわち全力の感情で生きることができるということです。他人に期待しない人間というのは消耗しがちな現代社会ではとてもエコで優位に立てます。でも、心という観点で見るとそれはどのように写るのでしょうか。

 

 

 

 

だから、もし、「他人に期待しない方法を探してみたけど、無理だ。」と感じた方。自信を持って。胸を張ってください。あなたの本気の、鮮やかでありながらも鋭い感情は、きっとあなたを助けます。だから、我慢しないでください。

 

 

 

 

なんて、どうしようもなく矛盾した、答えのない、でもちょっと綺麗だな、と思える人間の心についてのお話を一人考える夜でした。

 

 

 

また次の記事で。

 



 

 

 

 

受験を終えて春休みに時間を持て余している男子高校生には配送助手の単発バイトがおすすめだという話

あれは受験を終え、高校の卒業式も終わった3月の中頃のことだった。

最後の追い上げかと言わんばかりの空気の冷たさ、冬の厳しさをわずかに開けた助手席の窓から肌で味わいながら、僕は確かにこう思った。「配送助手、楽だな...」と。

 

 

 

 

☆     ★     ☆     ★

 

 

 

こんにちは、太宰です。この記事を見て下さっているということは、タイトルの通り受験を終えて暇な男子高校生でしょうか。ともかく、春休みを控えている、もしくは春休み真っ只中にこの記事にたどり着いたのはとてもラッキーだと思います。配送助手のバイトは本当に良い。そんな配送助手のバイトについて紹介していきます。あ、もちろん高校生でなくとも春の時期にこのバイトをするのはオススメです。

 

 

 

 

 

配送助手のバイトについて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、配送助手ってなに?

配送助手、とだけ言われても「へー、配送の助手だね」というイメージしか湧かないかと思います。なので具体的に言うと、配送、運搬をトラックで行うドライバーの車の助手席に座って移動し、それぞれの荷物の送り先で手伝いをする仕事です。

主に家具や家電などを運びます。僕は春休み中3日連続でこの単発バイトを入れましたが、その内の1回がニトリのもので、家具を運びました。もう2回はリサイクルショップの配送サービス。こちらは家具家電両方でした。

 

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ニトリの配送サービス

 

 

配送助手のメリット

 

 

実働時間が短い

これは働いている時には特に意識しませんでしたが、後から考えるととんでもなく実働時間が短いです。単発バイトは基本的に朝から夕方までの終日労働なので8時〜5時の9時間が一般的。配送助手もそこに変わりはないのですが、基本的に車での移動時間が長いので(ばらつきはありますが)実働は4〜5時間。でもお給料は10時間分。ウマい。

移動している間は基本的に何をしてもOK。漫画を読みたければ読めば良い、スマホをいじりたければそうすれば良い、寝たければ寝るのも良い。(寝るのだけは人によるところではありますが。)僕はずっとスマホでネットサーフィンしてました。

2回目のバイトの時、スマホの充電が切れそうになっていたら運転手さんが車内の充電ポートを譲ってくれました。ありがとうございました伊東さん。

 

 

行ったことのない所に行ける

もちろん観光ができるだとかそんな話ではありませんが、配送バイトはものによっては様々な範囲を回って配送を行うことがあります。「こんなとこあるんだ」と、純粋に感動してしまうこともありました。自分の知らない土地にお金をかけずして車で行ける、しかも少し働けばお給料ももらえてしまいます。楽しい。

ちなみに僕は東京近辺にいると認識してからしばらくの間ウトウトし、起きてスマホをいじり、またウトウト...という動作を繰り返していたらいつの間にか三浦半島の端っこまで来ていたことがあります。驚きました。「何で海あんだよ」って心の中で叫びました。ですがあの堂々とした岩にはたきつけるような波の動きはいまだに覚えています。

 

 

配送助手のデメリット

 

・人によって当たり外れが大きい

僕は3日連続配送助手をやったと書きましたが、初日のリサイクルショップのバイトは正直メリットを全部ひっくり返してしまうぐらいしんどかったです。とにかく運転手の人が怖かった。ただ言われた通りに荷物を運び、キズひとつ付けていないのにも関わらず「ふざけんじゃねぇよお前、あぁ?」と言われ、「?????」となっているところにまた「お前の代わりなんかいくらでもいるんだからな、別の奴今から呼ぶか?」と凄まれました。「いや別に俺ももっかいバイト探せばいいだけだから代わりはいくらでもいんだけどな....」と言いたくなるのをこらえて「そっすね、気持ち入れ替えてがんばりま〜す」とだけ返しました。今思えばなんだったんだアイツ。◯田。許せん。

ですが反対にとんでもなく大当たりの運転手さんの助手になることもあります。僕は上記以外の2回はどちらも大当たりでした。話しやすく、業務内容をしっかりとこなしていれば何も言わないどころか褒めてくれる、お昼にラーメンをおごってくれる、社会のあれこれを教えてくれる.....など。あれでお金もらえたなんて最高でした。

あと、一つ付け加えると運送の方はみんなタバコ吸ってます。煙がどうしてもダメな方は避けたほうが良いと思います。僕はがっつり煙吸うのが嫌だったのでアメリカンな犬よろしく窓を開けて顔だけ出して呼吸をしていました。

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・なんだかんだ運搬はしんどい

実働時間が短いとは言いましたが、やはり働くときはちゃんと働くし、しんどい。家電は冷蔵庫などのクソデカツルツル激重クリーチャーを除けば電子レンジなど比較的持ちやすいものが多いですが、家具が重い。ニトリの学習机重すぎるだろ。特にくみあわせデスクがヤバい。あれは家具の範囲を平気で超えてきやがる。魔物だろアレは。

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魔物

 

そう、僕がタイトルで「男子高校生」と限定した理由はここにあります。中には軽いパーツなどもありますがやはり重いパーツを自分の体で支えて持っていくことは避けられない。なので女子にはかなり厳しい環境になってしまいます.... 

 

 

 

 

まとめ

多少体の動かせる高校生男子なら余裕でお金を稼げる。相性は運。

 

です。またこのバイトを集中的にやるなら春休みのシーズンをオススメします。なぜならまだ気温が低く汗をかいてもすぐに乾き気にならなくなるから。僕は汗っかきなので1件回るだけで汗をかいていましたが、熱い体と冷たい空気が混ざり合い体がすぐ乾いて快適でした。でも夏にやることを考えたら地獄だと思います。本当に。熱い体に熱い空気。シート溶けんじゃね?

 

 

 

それでは、この記事を読んで配送助手のバイトをやる!と決めたあなたは今すぐに単発バイトに応募しましょう!

 

 

では。また次の記事で会いましょう。

 

忘れずに、ありがとうと言おう。

こんにちは。太宰です。

 

 

 

みなさんは、常日頃から感謝の習慣を持って過ごしていますか。

 

 

 

自信を持って「はい」と言える人はあまりいないのではないでしょうか。

 

 

 

例えば幼稚園、保育園、小学校にいた時までは先生の言うことをちゃんと聞き入れ、友達にお菓子をもらったら「ありがとう!」と言えていたかもしれません。友達が遊具を譲ってくれた時、「ありがとう!」と言えていたかもしれません。

 

 

 

 

 

でも、時が経つとどうなるのでしょうか。特に男子は少年期を抜け青年期へと向かう時期から急にできていたことができなくなります。ありがとうが言えなくなるのです。友達に例え安いものでもおごってもらった時、傘を忘れた雨の日に傘を渡された時、遊ぶ場所として家を開けてくれた時。

その理由には気恥ずかしいだとか、自分が下の立場になりそうで嫌だとか、まぁ時期特有のありがちなものがあります。

 

 

 

 

そして一番良くないのは、そのような恥ずかしさで封じ込めた礼儀礼節を封じこんだままにしてしまうことです。感謝を省略することが当たり前になってしまうのです。僕は今大学1年生ですが、大学だけではなく中高の友達にもありがとうを言うことができない人がたくさんいます。僕は幸い両親が礼節に対してだけは異常な厳しさを持って教育をする方針だったので人より少しだけ礼儀がなっている自信がありますが、それゆえにできていない人の行動が目についてしまうのです。

 

 

 

 

 

「なんだ、良い子ちゃん自慢かよ、くだらねぇ」

 

 

 

 

 

と思うかもしれませんが、偶然の偶然に礼儀について厳しく教えられた自分は、「ありがとう」と感謝の気持ちを徹底的に伝えることの良さ、特にコスパの良さを知っています。なので僕が共有するこの高コスパな「感謝の徹底」という行為を、ぜひ読者の皆様にも意識して実践して欲しいのです。例え小さな小さな心遣いでも。気づいてくれるだけでも、相手は本当に嬉しいし、気持ちが良いものです。

感謝は、しないと損をします。絶対です。

 

 

 

 

 

感謝を伝えることのメリット 

 

 

 

 

 

 

周りから見た自分の価値が明らかに上がる

上記の通り、徹底して感謝を伝えられる人間は多くありません。なので、ほんの少しの相手の気遣いでも敏感に反応して「ありがとう」といえる人間はとても印象に残ります。その結果、自分の価値が上がります。つまり、同じことをしたとしてもより褒められるようになるなど、相手からの評価には違いが出るのです。同じコストをかけた作業でも、返ってくるもの(感謝)の量質ともに向上します。コスパ爆上げ。

 

 

 

 

 

 

自分が「気の遣えるやつ」になれる

前の項目で述べましたが、細かい相手の気遣いに気づき「ありがとう」と言ってこそ徹底的な感謝というものは成立します。つまり徹底的な感謝を繰り返していくうちに優しい心遣いが上手になり、自動化されていきます。世の中では「気遣い」というと疲れるものなどマイナスなイメージが付けられていることが大半ですが、それは自動化がされていないからです。優しい心遣いを繰り返していくうちに、無意識下でのそれが可能になっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

思考がポジティブ側に寄る

いきなりポジティブにはなりません。ですが、あなたの心は少なからずポジティブ側に移動します。感謝するべきことを探す精神状態はそれすなわち相手の良いところを探しに行っているということです。「他人を褒める」という外交的行為の副産物として自分がポジティブに寄っていく、内向的な利益がある。美味しい。

 

 

 

☆     ★     ☆     ★

 

 

 

 

 

 

今回は「感謝の徹底」についての話をしました。自分自身、経験の薄いただの大学生ながらこんな偉そうな記事を書いたことを反省しています。ですが、「偉そうだなコイツ」と思われたとしても、感謝の重要性を伝えたかった。世界は変えられないけど、自分とその友達、それくらいの小さな小さな世界なら変えられるんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

 

では、また次のドラマチックで会いましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

他人を気にしながら生きるのをやめて人生のコスパを上げよう

こんにちは。太宰です。

 

 

 

 

このブログを見て下さる方全て、いや日本人全てが「他人の目を気にした」経験があると思います。小学生や中学生の時、自分は本当は答えがわかっているのにクラスのみんなは誰も手を上げないからと発言せずに授業を終えたこと。周りの冷やかしを恐れて隣の席の気になる子に話しかけることが無いまま次の席替えが来てしまったこと。ノリや空気を重視しすぎて許せないイジりをスルーしてしまったこと。たくさんあると思います。僕もたくさんあります。

 

 

 

他人を気にすることの何が面倒かというと、とにもかくにも行動のコスパが悪くなること。たとえば授業で発表する時を考えると「周りの目を気にしてるけどそれを押しのけてこれを発言するんだ!」と意気込むのと「おし、じゃ発言すっか」とするのではコストが段違いです。その上パフォーマンスは大して変わらず、むしろ前者のほうがいらぬ心の揺れのせいでミスを起こす恐れがある分パフォーマンスまでもが悪くなります。

 

 

 

 

この「周りの目気にしちゃうよな」現象の根本とその対策についての話をしようとすると、この国の教育方針や島国ゆえの人間気質など僕の書きたい方向とは違うところへ話題が飛んでしまうので、この記事ではあくまでこういった状況での自衛の策について書いていきます。

 

 

 

 

 

最高で唯一の自衛策は、気にしないことです。

 

 

 

は?できたら苦労しねぇよカス。綺麗事で読者を丸め込んで正義ぶってんじゃねぇぞクソ偽善者野郎が。何食ったらそんな薄汚れた正義心が生まれんだ?

 

 

 

 

そう言いたくなる気持ちも、もちろんわかります。気にしないなんて、できたらもうやってますよね。

 

 

 

 

ですが、方法はこれしかありません。僕の中学校の時の理科の先生が卒業式で言っていた言葉に

「過去と他人は変えられないけれど、自分と未来は変えられる。」というものがあります。はじめて聞いたときはあまり実感が湧きませんでした。ですがあれから三年間高校生活を送り、そして今大学生としてこの記事を書いている今となるととても的を射た言葉だなと感じます。未来を変えたいなら自分が変わるしかない。

 

 

 

 

 

「人の目を気にしない」自分になるには「人の目を気にしない自分の練習」をする必要があるのです。練習をしないといけないと聞くと少し憂鬱だと思いますが、逆に「練習すれば」人の目を気にしない人間になれるということです。こういった人間の性質に関わる話題だと「あの人は周りを気にしないでいられるタイプだから。」などと先天的な才能を前提とした会話がされることが多くありますが、僕は決してそうは思いません。なぜなら僕自身が前と比べて周りの目を気にしなくなった人間だから。そしてその過程で周りを気にしない練習をしたからです。気にしなくなったといっても、まだまだ課題だらけですけどね。

 

 

 

 

その練習とは、ただ「周りは自分のことなんか見ちゃいない」と考え続けながら自分のやりたいように生きる。それだけです。

 

 

 

 

問題と解決策が一致していないと感じるかもしれませんが、みんな案外自分の人生に精一杯です。っていうか、他人のことを意識の中心に寄せて満足に生きられるほど人間は有能ではありません。他人のことを眺めはすれど、見てはいない。みんな自分が可愛くてしょうがない。自分が一番。当たり前です。だからこそ、他人に気遣いができる人間はありがたがられ、モテるのです。この記事とは関係が薄くなってしまいますが、インターネットで芸能人の悪口を書いたり、ユーチューバーの動画に誹謗中傷のコメントを残す人間は総じて激ヒマです。ヒマだし、人間としてどうなのかなとも思います。話が逸れましたが、とにかく自分が気にしてる「周りの目」っていうのは案外忙しいです。もし何かしてくるようであればそいつはクソほどヒマです。

 

 

 

 

 

 

だから、もし、もし誰かに冷やかされることがあったとしても、「あ!こいつは自分の人生を置いといてわざわざ他人にちょっかい出す暇人だ〜〜〜〜〜!!!!!しょ〜〜〜〜〜〜もね〜〜〜〜〜〜!!!!!!!お疲れ〜〜〜〜〜〜!!!!」とか思っときましょう。態度に出してもいいと思いますがその時はぶっ潰す覚悟で。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、また次の記事で会いましょう。ドラマチックな明日を。

 

学生は”めっちゃテキトー、でも真剣”な日記を書こう

みなさんは、日記を書いたことはありますか。特に、学生の方。

 

 

 

 

 

おそらく「今までの人生で一度も日記に興味を示したことはない。書こうと思ったことなど一瞬たりともない。」という人は実は稀で、誰しもが一瞬「日記書いてみようかな...」と考えたことがあると思います。実行に移したかは別として。

 

 

 

 

 

今回は、中学2年生の冬から大学1年生の今に至るまでテキトーかつ真剣な日記を書き続けている僕の視点で、テキトーかつ真剣な日記とはどんなものなのか、またそれを書き続けることのメリットを紹介していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 めっちゃテキトーかつ真剣な日記とは

文字通りです。

 

  • 詳細に一日の出来事を書かない。気に入ったことだけ箇条書き。
  • 自分の感情を揺らしたことがあればそれについての感想を真剣に書く。
  • ネガティブワードは最小限に。ゼロは逆にいいことがない。

 

 

 

僕は日記を書くことの目的として「過去と今との差を認識する」ことに重きを置いているので、日記は継続して書けるように基本はこのようなゆるめのルールをオススメします。でも、飛び飛びでも全然オッケーです。さすがに毎日はしんどいっしょ。

 

 

 

また、上にもあるように自分の感情を揺さぶるようなことがあればそれについての自分の感想、想いを書くのが良いと感じています。

このときだけは簡潔にまとめる、だとかテキトーに書く、の気持ちは捨てて全力で自分の「言葉にしづらい感情」を紙面に引っ張り出しましょう

 

 

 

 

こちらの画像を見てください。

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これは僕が中学3年生の秋、部活の引退試合前夜に書いた日記です。三年以上前の日記帳を引っ張り出し、この画像を貼るために日記をながめていると昔の感情がつい最近のもののように自分の胸に駆け寄ってきます。それはこの日に自分の感情を素直に全て吐き出していたから。部活に入ったばかりの時のこと、練習がきつかったこと、どれだけ頑張っても勝てなかった最高なライバルのこと、これが終わればあの最高なメンバーで苦しみながらも楽しんでいた部活動はもうないのだということ。全部。

 

 

 

全力で本物の感情を文字という形で紙面に確かに埋め込んだ僕はそれまで抱えていた不安と和解できました。そしてまっさらな気持ちで向かった引退試合では、僕は今までで一番いい結果を残すことができた。本物は心を浄化する。保証します。

 

 

 

 

 

「ネガティブはゼロではなく最低限に」について。

一般的な日記の指南ブログなどには「負の感情は残しちゃダメ!」と書かれていることが多いのですが、僕はそうは思いません。負の感情は残すべきです。なぜなら、次同じ感情を持った時のネガティブの対処が楽になるから。

ここには怒りを管理するためのテクニックであるアンガーマネジメントの「アンガーログ」の考え方があります。アンガーログでは

 

 

1.いつ:怒りを感じた日時
2.どこで
3.だれが:怒りを感じた相手
4.だれに
5.なにをした:怒りを感じた出来事
6.そのとき、自分が思ったこと
7.そのとき、自分がとった行動
8.相手に期待していたこと:とって欲しかった行動や発言
9.怒りの点数:10点満点の何点か

 

 

をメモに残して自分の怒りの傾向を把握し、次の怒りの対処を簡単にしていきます。

日記でもこれを大きく簡略化したものを日々繰り返すことで、次第にネガティブな感情を乗りこなすことができるようになってきます。例としては

  • 何が起きたかを一行で
  • どうすればよかったのかを一行で

 

を基本の形として

 

 

  • 何もしてないのに先輩にめんどくさいイジりをされた
  • 反応するとあのゴミは嬉しがるから忙しいふりしてを無視すればよかった

 

 

のように書いていきます。こうすれば次から先輩にめんどくさいイジりをされても「あ、そういや俺無視すりゃよかったって日記に書いたな。無視しよ。」という風に、経験のおかげでとっさの判断の選択肢にある程度有用なものが浮かぶようになります

 

 

 

 

 

僕は中学生まではとんでもなく怒りっぽく、少しの負の感情で簡単に爆発するような危険すぎる人間でした。しかしこれを始めてから他のネガティブな感情を含めて怒りを持った自分を客観視することができるようになりました。TPSの会話で選択肢が頭の上に出てる感じ。それでも僕はまだまだ未熟。だから日記を書き続けます。

 

 

 

 

 

 

テキトーかつ真剣な日記を書くことのメリット

上の文章の焼き直し+αになりますが、

 

  • 感情の安定性が増す
  • 心の選択肢が増えるので人としての余裕が生まれ始める

     

  • 自分の経験、心をモノとして保存できる
  • 普通に後から読んで楽しい   

 

など、「今日起こったことを紙に書き出すだけ」という行為から考えるとありえないほどのリターンがあると僕は思います。

 

ちなみに、他のサイトでは「日記はスマホでも紙でもいいよ!」と書いてあるものもありますが僕は絶対に紙を推します。この高度情報化社会においてスマホは様々な機能を持っているので、そのたくさんの中に日記を放り込んでしまうと絶対に他のことをしてしまい続きません。紙に残すことで、指と手をしっかりと動かしアウトプットをすることであなたの想いはあなたにより濃く残っていきます。

 

 

 

この記事を読んだみなさんが、「今日の夜」から「めっちゃテキトー、でも真剣」な日記を始めることを願って。

誰かを嫌うには人生は短すぎるっていうけど、嫌いな奴と過ごせるほど人生は長くない

”誰かを嫌うには、人生は短すぎる”

 

 

 

アメリカ人女性作家であるレジーナ・ブレットさんによる「人生が自分に教えた45のアドバイス」の中にこのようなものがあります。この45のアドバイスは彼女が45歳の時に、新聞のコラムとして教訓を記したものなのですが、いつからか「90歳の女性によるアドバイス」という噂が流れ始めました。僕も一番最初にこの言葉をツイッターで見かけたときは「90歳の....」という風に説明されていたのを覚えています。

 

 

 

まず初めににことわっておきますが、この言葉は正しいです。

 

 

 

「こいつ嫌だなぁ」と思うような奴でも、それなりに我慢を続けて関わっていくと「あれ、こいつ案外よくね?」と思う瞬間が来ることもあるということです。何かの拍子に一気に距離が縮まり、生涯の友となることもあったとかなかったとか。

 

 

 

そういう意味ではこの言葉に偽りはないのですが、僕はどうにも納得がいかない。

 

 

 

 

たった18年の今までの人生でも、嫌な奴はたくさんいました。

 

 

 

 

定期テストの結果を勝手に見てきて「勝ったw」とだけ言い残して去る奴、部活で僕が怪我をして活動ができずに落ち込んでいる時にわざわざそのことをいじってきた奴、僕が高校生の時に付き合っていた彼女にありもしない悪評を吹き込んでいた奴、理由もなく僕のことを嫌いだと宣言していた奴........

 

 

 

 

書き出せばキリがありません。もちろん僕に対して嫌な態度をとる人の中には、その原因が僕にあるケースもあると思います。クラスで騒ぎすぎだとか、全校集会で騒ぎすぎだとか。でもそれを除いて考えてみた時。自分は特に何もしていないのに、明らかに敵意を持って接してくる奴。

 

 

 

 

 

何でこいつの良いところなんかわざわざ探さなきゃいけねぇんだよ。

 

 

ふざけんな。そんな暇じゃねぇよ。

 

 

 

 

そうは思いませんか?確かにそういう奴でも頑張って関わっていけば良いところの一つ二つは見つかるとは思います。それは事実。だから、上の通りあの言葉は正しいと書きました。しかしそれはあまりにもコスパが悪い。コスパ最悪。

 

 

 

 

そういう自分にとって嫌な奴らがたまに見せる「良いところ」というのは、絶対に他の良い奴が上位互換のそれを持っています。絶対です。盗人から一枚の金貨を貰うより、大富豪に金銀財宝を貰うほうが良いに決まっています。

 

 

 

 

心理学に「ゲイン・ロス効果」と呼ばれるものがあります。すごく簡単に言うと「みんなの宿題をやってあげる委員長」よりも「ゴミを一つ拾ったヤンキー」の方が評価されるという減少です。このような風潮を特に中高で感じたこと、ありませんか?

まさにこれ。ヤンキーがゴミを拾うのを我慢しながら待つくらいなら、ヤンキーなんかほっといて委員長の方に行ったほうがコスパ最高です。

 

 

 

誰かを嫌うには人生は短すぎるっていうけど、嫌いな奴と過ごせるほど人生は短くない

 

 

 

 

この記事のタイトルでもありますが、僕の言いたいことはこれに尽きます。

 

 

 

 

嫌な奴がいれば、逃げましょう。それができなくとも、避けましょう。なにか嫌なことをされたら、「そいつから逃げるための投資」と考えて我慢して無視。奴らは相手の反応を欲しがっているだけ。反応がなければ面白くないと感じて、あなたをターゲットから外します。

 

 

 

かの有名なマイケル・ジャクソンも名曲「Beat it」の中でこのように歌っています。

 

Just beat it, beat it, beat it, beat it
ただ逃げろ、早く逃げろ、逃げろ


No one wants to be defeated
誰も打ち負かされたくはないんだ


Showin' how funky strong is your fight
イカした強さを見せてみろ


It doesn't matter who's wrong or right
誰が間違ってるか、正しいかなんて、関係ないんだ

 

Just beat it, beat it 
ただ逃げろ、逃げるんだ


Michael Jackson - Beat It (Official Video)

 

 

 

 

1980年代、ギャング同士の争いが絶えず、「強い男」が正義だった時代にマイケルはそれを否定し、争いを警告しました。

 

 

 

 

 

今の日本にも、「困難に立ち向かえ」「逃げるな」といった前時代的で盲目的な教訓がまかり通っている場面が数多くあります。

 

 

 

 

 

そんな中で「逃げる」ということに罪悪感を感じている人もいるかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

ですが全然問題ありません。あなたのやっていることは「脱出」です。

 

 

 

 

 

 

やなことあったらすぐ脱出。これを覚えていると、ちょっと楽かもしれません。