俺多分ドラマの主人公

大瀬戸バカ日記

大学1年生大瀬戸。日々、書く。色々。よろしく。

他人に期待しなければ人生は楽になる。でも。

理不尽に叱りつけてくる教師。

 

 

 

 

好きとは言ってくれない彼女。

 

 

 

 

 

うまくいかないこの人生。

 

 

 

 

 

☆      ★      ☆      

 

 

 

僕たちはみんな知らず知らずのうちに他者に期待を寄せています。

「あの子がこの仕事を手伝ってくれたらいいなぁ」

「こんだけ頑張ったんだから、感謝とかねぎらいの言葉がほしいなぁ」

「お互い好きで付き合ってると思うし、好きって言ってほしいなぁ」

 

 

 

 

この期待というものはとても厄介で、僕たちは期待が裏切られた時にはじめてその存在を認知します。たとえば上にある「あの子に仕事を手伝ってほしい」という願望は「あの子」が仕事を無視して家に帰るなどの「願望を裏切るアクション」が起こったその時に落胆と怒りに変化し、水面からせり上がってきます。

 

 

「なんだ、手伝ってくれねぇのかよ」

 

「ふざけんなよ」

 

 

 

このような言葉が出るでしょうが、こんなもの他人に期待しなければ出ません。心のどこかで期待してしまうのです。しょうがない。人間なんだし。

 

 

 

僕には、無意識に他人に期待をして苦しんだ経験がたくさんあります。例えば僕が高校生のときに付き合っていた彼女のこと。ひどいケンカをしてしまい、ケンカのたびに僕がとんでもなくムカつくような態度、言葉をぶつけられ、「なんでこうなるんだよ。クソが。」と一人行き場のない怒りの刃先を虚空に揺らしていたことがありました。僕は日記をつけるのが習慣で、この時の心の状態を日記に書いていたのですが、ケンカも収まったころにそれを見返すと「あ、俺彼女に期待しすぎちゃってたんだな...謝ろ...」と感じました。日記を見るととにかく自分本位。「俺だっていろいろ考えてるのに....」だとか、「俺はそんなつもりじゃなかったんだけどな」だとか。過去の自分への説教も兼ねてここに書きますが、いくら考えたって相手にそれが伝わらなければ何もしていないのと同じ。そんなつもりじゃなくても相手に「そんなつもり」と捉えられてしまえば終わり。都合の良い解釈を相手に期待するその甘い根性を恥じろカス

他にも、彼女のケンカのときの態度がとんでもなく嫌だとも書いていましたが、これはただでさえ余裕のないケンカ中に、彼女が自分に不快感を与えぬように動いてくれる、という甘ったるい期待が僕にあったことの確かな証拠です。

 

 

ちなみに日記を書くことの良さについてはこちらの記事で紹介しています。

www.dramatic-today.com

 

 

 

 

 

くだらない自分語りを例として使ってしまいましたが、この世の不満の6割ほどは他人に期待していなければ起こらなかったものだと僕は思います。だからこそ、他人に期待しない術を身につければ人生がだいぶ楽になる。

 

 

 

 

そんな「期待しない術」として僕が考え、今も実践しているマインドセットがあります。それは「まあ〜いっか!」と言うことです。

????そんなひとことだけでおさまったら苦労せんわ、と思うでしょうが、この「まいっか」には2つの意味が込められています。

 

それは

・他人は変えることができないということへの前向きな諦め

・この場を華麗にスルーすることで自分の人間レベルが上がる、という優越感

 

 

一つ目は「過去と他人は変えられないけど自分と未来は変えられる」という、僕の中学時代の理科の先生が卒業式で話していた言葉をもとにしています。考えてみれば当たり前の話で、他人は変えられません。でも、僕たちがしてしまうよくない期待の根底には「他人を変えたい」という要素が少なからず潜んでいます。冒頭の仕事を手伝ってくれないあの子の話のように。だから諦めてしまえばいいのです。いいよいいよ。変えらんねーよ。しょうがねぇ。

 

 

 

二つ目は文字の通り、うまくいかないことに対して「クソが」と反発するのではなく、「ま、俺ならこんなの華麗にスルーできちゃうんですけどもね。」のようにムカつくことにバカ正直に取り合わずにかわしてしまい、その分「コスパのいい生き方できたな」と勝手に優越感を感じてしまう。

 

 

 

最後に一つだけ付け加えると、どうしても許せないクソには思いっきりブチ切れてください。ここで紹介しているのはそのクソに最高のエネルギーをぶつけるため、細かい怒りのエネルギーを節約するための方法です。キレるのにはコストがかかります。ぜひ節約しましょう。

 

 

 

☆      ★      ☆      

 

 

 

と、ここまで他人に期待しないことについて書いてきました。ですが、僕はこの記事を書くにあたって前半とは相反する気持ちを持っています。それは「他人に期待することは、美しい」というものです。

 

 

 

どうしても、自分に都合の良い展開を期待して人生を生きてしまう。他人に期待してしまう。そんな人間のどうしようもなさ、今にも泣き出しそうな弱さ、泥だらけになりながらもきらめく人間らしさが僕は好きです。

 

 

 

全力で他人に期待して、裏切られたりなんかして、勝手に期待したくせに落ち込んで、怒って、泣いて.....他人に期待できる人間は、それすなわち全力の感情で生きることができるということです。他人に期待しない人間というのは消耗しがちな現代社会ではとてもエコで優位に立てます。でも、心という観点で見るとそれはどのように写るのでしょうか。

 

 

 

 

だから、もし、「他人に期待しない方法を探してみたけど、無理だ。」と感じた方。自信を持って。胸を張ってください。あなたの本気の、鮮やかでありながらも鋭い感情は、きっとあなたを助けます。だから、我慢しないでください。

 

 

 

 

なんて、どうしようもなく矛盾した、答えのない、でもちょっと綺麗だな、と思える人間の心についてのお話を一人考える夜でした。

 

 

 

また次の記事で。

 



 

 

 

 

受験を終えて春休みに時間を持て余している男子高校生には配送助手の単発バイトがおすすめだという話

あれは受験を終え、高校の卒業式も終わった3月の中頃のことだった。

最後の追い上げかと言わんばかりの空気の冷たさ、冬の厳しさをわずかに開けた助手席の窓から肌で味わいながら、僕は確かにこう思った。「配送助手、楽だな...」と。

 

 

 

 

☆     ★     ☆     ★

 

 

 

こんにちは、太宰です。この記事を見て下さっているということは、タイトルの通り受験を終えて暇な男子高校生でしょうか。ともかく、春休みを控えている、もしくは春休み真っ只中にこの記事にたどり着いたのはとてもラッキーだと思います。配送助手のバイトは本当に良い。そんな配送助手のバイトについて紹介していきます。あ、もちろん高校生でなくとも春の時期にこのバイトをするのはオススメです。

 

 

 

 

 

配送助手のバイトについて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、配送助手ってなに?

配送助手、とだけ言われても「へー、配送の助手だね」というイメージしか湧かないかと思います。なので具体的に言うと、配送、運搬をトラックで行うドライバーの車の助手席に座って移動し、それぞれの荷物の送り先で手伝いをする仕事です。

主に家具や家電などを運びます。僕は春休み中3日連続でこの単発バイトを入れましたが、その内の1回がニトリのもので、家具を運びました。もう2回はリサイクルショップの配送サービス。こちらは家具家電両方でした。

 

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ニトリの配送サービス

 

 

配送助手のメリット

 

 

実働時間が短い

これは働いている時には特に意識しませんでしたが、後から考えるととんでもなく実働時間が短いです。単発バイトは基本的に朝から夕方までの終日労働なので8時〜5時の9時間が一般的。配送助手もそこに変わりはないのですが、基本的に車での移動時間が長いので(ばらつきはありますが)実働は4〜5時間。でもお給料は10時間分。ウマい。

移動している間は基本的に何をしてもOK。漫画を読みたければ読めば良い、スマホをいじりたければそうすれば良い、寝たければ寝るのも良い。(寝るのだけは人によるところではありますが。)僕はずっとスマホでネットサーフィンしてました。

2回目のバイトの時、スマホの充電が切れそうになっていたら運転手さんが車内の充電ポートを譲ってくれました。ありがとうございました伊東さん。

 

 

行ったことのない所に行ける

もちろん観光ができるだとかそんな話ではありませんが、配送バイトはものによっては様々な範囲を回って配送を行うことがあります。「こんなとこあるんだ」と、純粋に感動してしまうこともありました。自分の知らない土地にお金をかけずして車で行ける、しかも少し働けばお給料ももらえてしまいます。楽しい。

ちなみに僕は東京近辺にいると認識してからしばらくの間ウトウトし、起きてスマホをいじり、またウトウト...という動作を繰り返していたらいつの間にか三浦半島の端っこまで来ていたことがあります。驚きました。「何で海あんだよ」って心の中で叫びました。ですがあの堂々とした岩にはたきつけるような波の動きはいまだに覚えています。

 

 

配送助手のデメリット

 

・人によって当たり外れが大きい

僕は3日連続配送助手をやったと書きましたが、初日のリサイクルショップのバイトは正直メリットを全部ひっくり返してしまうぐらいしんどかったです。とにかく運転手の人が怖かった。ただ言われた通りに荷物を運び、キズひとつ付けていないのにも関わらず「ふざけんじゃねぇよお前、あぁ?」と言われ、「?????」となっているところにまた「お前の代わりなんかいくらでもいるんだからな、別の奴今から呼ぶか?」と凄まれました。「いや別に俺ももっかいバイト探せばいいだけだから代わりはいくらでもいんだけどな....」と言いたくなるのをこらえて「そっすね、気持ち入れ替えてがんばりま〜す」とだけ返しました。今思えばなんだったんだアイツ。◯田。許せん。

ですが反対にとんでもなく大当たりの運転手さんの助手になることもあります。僕は上記以外の2回はどちらも大当たりでした。話しやすく、業務内容をしっかりとこなしていれば何も言わないどころか褒めてくれる、お昼にラーメンをおごってくれる、社会のあれこれを教えてくれる.....など。あれでお金もらえたなんて最高でした。

あと、一つ付け加えると運送の方はみんなタバコ吸ってます。煙がどうしてもダメな方は避けたほうが良いと思います。僕はがっつり煙吸うのが嫌だったのでアメリカンな犬よろしく窓を開けて顔だけ出して呼吸をしていました。

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・なんだかんだ運搬はしんどい

実働時間が短いとは言いましたが、やはり働くときはちゃんと働くし、しんどい。家電は冷蔵庫などのクソデカツルツル激重クリーチャーを除けば電子レンジなど比較的持ちやすいものが多いですが、家具が重い。ニトリの学習机重すぎるだろ。特にくみあわせデスクがヤバい。あれは家具の範囲を平気で超えてきやがる。魔物だろアレは。

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魔物

 

そう、僕がタイトルで「男子高校生」と限定した理由はここにあります。中には軽いパーツなどもありますがやはり重いパーツを自分の体で支えて持っていくことは避けられない。なので女子にはかなり厳しい環境になってしまいます.... 

 

 

 

 

まとめ

多少体の動かせる高校生男子なら余裕でお金を稼げる。相性は運。

 

です。またこのバイトを集中的にやるなら春休みのシーズンをオススメします。なぜならまだ気温が低く汗をかいてもすぐに乾き気にならなくなるから。僕は汗っかきなので1件回るだけで汗をかいていましたが、熱い体と冷たい空気が混ざり合い体がすぐ乾いて快適でした。でも夏にやることを考えたら地獄だと思います。本当に。熱い体に熱い空気。シート溶けんじゃね?

 

 

 

それでは、この記事を読んで配送助手のバイトをやる!と決めたあなたは今すぐに単発バイトに応募しましょう!

 

 

では。また次の記事で会いましょう。

 

忘れずに、ありがとうと言おう。

こんにちは。オオセトです。

 

 

 

みなさんは、常日頃から感謝の習慣を持って過ごしていますか。

 

 

 

自信を持って「はい」と言える人はあまりいないのではないでしょうか。

 

 

 

例えば幼稚園、保育園、小学校にいた時までは先生の言うことをちゃんと聞き入れ、友達にお菓子をもらったら「ありがとう!」と言えていたかもしれません。友達が遊具を譲ってくれた時、「ありがとう!」と言えていたかもしれません。

 

 

 

 

 

でも、時が経つとどうなるのでしょうか。特に男子は少年期を抜け青年期へと向かう時期から急にできていたことができなくなります。ありがとうが言えなくなるのです。友達に例え安いものでもおごってもらった時、傘を忘れた雨の日に傘を渡された時、遊ぶ場所として家を開けてくれた時。

その理由には気恥ずかしいだとか、自分が下の立場になりそうで嫌だとか、まぁ時期特有のありがちなものがあります。

 

 

 

 

そして一番良くないのは、そのような恥ずかしさで封じ込めた礼儀礼節を封じこんだままにしてしまうことです。感謝を省略することが当たり前になってしまうのです。僕は今大学1年生ですが、大学だけではなく中高の友達にもありがとうを言うことができない人がたくさんいます。僕は幸い両親が礼節に対してだけは異常な厳しさを持って教育をする方針だったので人より少しだけ礼儀がなっている自信がありますが、それゆえにできていない人の行動が目についてしまうのです。

 

 

 

 

 

「なんだ、良い子ちゃん自慢かよ、くだらねぇ」

 

 

 

 

 

と思うかもしれませんが、偶然の偶然に礼儀について厳しく教えられた自分は、「ありがとう」と感謝の気持ちを徹底的に伝えることの良さ、特にコスパの良さを知っています。なので僕が共有するこの高コスパな「感謝の徹底」という行為を、ぜひ読者の皆様にも意識して実践して欲しいのです。例え小さな小さな心遣いでも。気づいてくれるだけでも、相手は本当に嬉しいし、気持ちが良いものです。

感謝は、しないと損をします。絶対です。

 

 

 

 

 

感謝を伝えることのメリット 

 

 

 

 

 

 

周りから見た自分の価値が明らかに上がる

上記の通り、徹底して感謝を伝えられる人間は多くありません。なので、ほんの少しの相手の気遣いでも敏感に反応して「ありがとう」といえる人間はとても印象に残ります。その結果、自分の価値が上がります。つまり、同じことをしたとしてもより褒められるようになるなど、相手からの評価には違いが出るのです。同じコストをかけた作業でも、返ってくるもの(感謝)の量質ともに向上します。コスパ爆上げ。

 

 

 

 

 

 

自分が「気の遣えるやつ」になれる

前の項目で述べましたが、細かい相手の気遣いに気づき「ありがとう」と言ってこそ徹底的な感謝というものは成立します。つまり徹底的な感謝を繰り返していくうちに優しい心遣いが上手になり、自動化されていきます。世の中では「気遣い」というと疲れるものなどマイナスなイメージが付けられていることが大半ですが、それは自動化がされていないからです。優しい心遣いを繰り返していくうちに、無意識下でのそれが可能になっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

思考がポジティブ側に寄る

いきなりポジティブにはなりません。ですが、あなたの心は少なからずポジティブ側に移動します。感謝するべきことを探す精神状態はそれすなわち相手の良いところを探しに行っているということです。「他人を褒める」という外交的行為の副産物として自分がポジティブに寄っていく、内向的な利益がある。美味しい。

 

 

 

☆     ★     ☆     ★

 

 

 

 

 

 

今回は「感謝の徹底」についての話をしました。自分自身、経験の薄いただの大学生ながらこんな偉そうな記事を書いたことを反省しています。ですが、「偉そうだなコイツ」と思われたとしても、感謝の重要性を伝えたかった。世界は変えられないけど、自分とその友達、それくらいの小さな小さな世界なら変えられるんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

 

では、また次のドラマチックで会いましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

学生は”めっちゃテキトー、でも真剣”な日記を書こう

みなさんは、日記を書いたことはありますか。特に、学生の方。

 

 

 

 

 

おそらく「今までの人生で一度も日記に興味を示したことはない。書こうと思ったことなど一瞬たりともない。」という人は実は稀で、誰しもが一瞬「日記書いてみようかな...」と考えたことがあると思います。実行に移したかは別として。

 

 

 

 

 

今回は、中学2年生の冬から大学1年生の今に至るまでテキトーかつ真剣な日記を書き続けている僕の視点で、テキトーかつ真剣な日記とはどんなものなのか、またそれを書き続けることのメリットを紹介していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 めっちゃテキトーかつ真剣な日記とは

文字通りです。

 

  • 詳細に一日の出来事を書かない。気に入ったことだけ箇条書き。
  • 自分の感情を揺らしたことがあればそれについての感想を真剣に書く。
  • ネガティブワードは最小限に。ゼロは逆にいいことがない。

 

 

 

僕は日記を書くことの目的として「過去と今との差を認識する」ことに重きを置いているので、日記は継続して書けるように基本はこのようなゆるめのルールをオススメします。でも、飛び飛びでも全然オッケーです。さすがに毎日はしんどいっしょ。

 

 

 

また、上にもあるように自分の感情を揺さぶるようなことがあればそれについての自分の感想、想いを書くのが良いと感じています。

このときだけは簡潔にまとめる、だとかテキトーに書く、の気持ちは捨てて全力で自分の「言葉にしづらい感情」を紙面に引っ張り出しましょう

 

 

 

 

こちらの画像を見てください。

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これは僕が中学3年生の秋、部活の引退試合前夜に書いた日記です。三年以上前の日記帳を引っ張り出し、この画像を貼るために日記をながめていると昔の感情がつい最近のもののように自分の胸に駆け寄ってきます。それはこの日に自分の感情を素直に全て吐き出していたから。部活に入ったばかりの時のこと、練習がきつかったこと、どれだけ頑張っても勝てなかった最高なライバルのこと、これが終わればあの最高なメンバーで苦しみながらも楽しんでいた部活動はもうないのだということ。全部。

 

 

 

全力で本物の感情を文字という形で紙面に確かに埋め込んだ僕はそれまで抱えていた不安と和解できました。そしてまっさらな気持ちで向かった引退試合では、僕は今までで一番いい結果を残すことができた。本物は心を浄化する。保証します。

 

 

 

 

 

「ネガティブはゼロではなく最低限に」について。

一般的な日記の指南ブログなどには「負の感情は残しちゃダメ!」と書かれていることが多いのですが、僕はそうは思いません。負の感情は残すべきです。なぜなら、次同じ感情を持った時のネガティブの対処が楽になるから。

ここには怒りを管理するためのテクニックであるアンガーマネジメントの「アンガーログ」の考え方があります。アンガーログでは

 

 

1.いつ:怒りを感じた日時
2.どこで
3.だれが:怒りを感じた相手
4.だれに
5.なにをした:怒りを感じた出来事
6.そのとき、自分が思ったこと
7.そのとき、自分がとった行動
8.相手に期待していたこと:とって欲しかった行動や発言
9.怒りの点数:10点満点の何点か

 

 

をメモに残して自分の怒りの傾向を把握し、次の怒りの対処を簡単にしていきます。

日記でもこれを大きく簡略化したものを日々繰り返すことで、次第にネガティブな感情を乗りこなすことができるようになってきます。例としては

  • 何が起きたかを一行で
  • どうすればよかったのかを一行で

 

を基本の形として

 

 

  • 何もしてないのに先輩にめんどくさいイジりをされた
  • 反応するとあのゴミは嬉しがるから忙しいふりしてを無視すればよかった

 

 

のように書いていきます。こうすれば次から先輩にめんどくさいイジりをされても「あ、そういや俺無視すりゃよかったって日記に書いたな。無視しよ。」という風に、経験のおかげでとっさの判断の選択肢にある程度有用なものが浮かぶようになります

 

 

 

 

 

僕は中学生まではとんでもなく怒りっぽく、少しの負の感情で簡単に爆発するような危険すぎる人間でした。しかしこれを始めてから他のネガティブな感情を含めて怒りを持った自分を客観視することができるようになりました。TPSの会話で選択肢が頭の上に出てる感じ。それでも僕はまだまだ未熟。だから日記を書き続けます。

 

 

 

 

 

 

テキトーかつ真剣な日記を書くことのメリット

上の文章の焼き直し+αになりますが、

 

  • 感情の安定性が増す
  • 心の選択肢が増えるので人としての余裕が生まれ始める

     

  • 自分の経験、心をモノとして保存できる
  • 普通に後から読んで楽しい   

 

など、「今日起こったことを紙に書き出すだけ」という行為から考えるとありえないほどのリターンがあると僕は思います。

 

ちなみに、他のサイトでは「日記はスマホでも紙でもいいよ!」と書いてあるものもありますが僕は絶対に紙を推します。この高度情報化社会においてスマホは様々な機能を持っているので、そのたくさんの中に日記を放り込んでしまうと絶対に他のことをしてしまい続きません。紙に残すことで、指と手をしっかりと動かしアウトプットをすることであなたの想いはあなたにより濃く残っていきます。

 

 

 

この記事を読んだみなさんが、「今日の夜」から「めっちゃテキトー、でも真剣」な日記を始めることを願って。

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誰かを嫌うには人生は短すぎるっていうけど、嫌いな奴と過ごせるほど人生は長くない

”誰かを嫌うには、人生は短すぎる”

 

 

 

アメリカ人女性作家であるレジーナ・ブレットさんによる「人生が自分に教えた45のアドバイス」の中にこのようなものがあります。この45のアドバイスは彼女が45歳の時に、新聞のコラムとして教訓を記したものなのですが、いつからか「90歳の女性によるアドバイス」という噂が流れ始めました。僕も一番最初にこの言葉をツイッターで見かけたときは「90歳の....」という風に説明されていたのを覚えています。

 

 

 

まず初めににことわっておきますが、この言葉は正しいです。

 

 

 

「こいつ嫌だなぁ」と思うような奴でも、それなりに我慢を続けて関わっていくと「あれ、こいつ案外よくね?」と思う瞬間が来ることもあるということです。何かの拍子に一気に距離が縮まり、生涯の友となることもあったとかなかったとか。

 

 

 

そういう意味ではこの言葉に偽りはないのですが、僕はどうにも納得がいかない。

 

 

 

 

たった18年の今までの人生でも、嫌な奴はたくさんいました。

 

 

 

 

定期テストの結果を勝手に見てきて「勝ったw」とだけ言い残して去る奴、部活で僕が怪我をして活動ができずに落ち込んでいる時にわざわざそのことをいじってきた奴、僕が高校生の時に付き合っていた彼女にありもしない悪評を吹き込んでいた奴、理由もなく僕のことを嫌いだと宣言していた奴........

 

 

 

 

書き出せばキリがありません。もちろん僕に対して嫌な態度をとる人の中には、その原因が僕にあるケースもあると思います。クラスで騒ぎすぎだとか、全校集会で騒ぎすぎだとか。でもそれを除いて考えてみた時。自分は特に何もしていないのに、明らかに敵意を持って接してくる奴。

 

 

 

 

 

何でこいつの良いところなんかわざわざ探さなきゃいけねぇんだよ。

 

 

ふざけんな。そんな暇じゃねぇよ。

 

 

 

 

そうは思いませんか?確かにそういう奴でも頑張って関わっていけば良いところの一つ二つは見つかるとは思います。それは事実。だから、上の通りあの言葉は正しいと書きました。しかしそれはあまりにもコスパが悪い。コスパ最悪。

 

 

 

 

そういう自分にとって嫌な奴らがたまに見せる「良いところ」というのは、絶対に他の良い奴が上位互換のそれを持っています。絶対です。盗人から一枚の金貨を貰うより、大富豪に金銀財宝を貰うほうが良いに決まっています。

 

 

 

 

心理学に「ゲイン・ロス効果」と呼ばれるものがあります。すごく簡単に言うと「みんなの宿題をやってあげる委員長」よりも「ゴミを一つ拾ったヤンキー」の方が評価されるという減少です。このような風潮を特に中高で感じたこと、ありませんか?

まさにこれ。ヤンキーがゴミを拾うのを我慢しながら待つくらいなら、ヤンキーなんかほっといて委員長の方に行ったほうがコスパ最高です。

 

 

 

誰かを嫌うには人生は短すぎるっていうけど、嫌いな奴と過ごせるほど人生は短くない

 

 

 

 

この記事のタイトルでもありますが、僕の言いたいことはこれに尽きます。

 

 

 

 

嫌な奴がいれば、逃げましょう。それができなくとも、避けましょう。なにか嫌なことをされたら、「そいつから逃げるための投資」と考えて我慢して無視。奴らは相手の反応を欲しがっているだけ。反応がなければ面白くないと感じて、あなたをターゲットから外します。

 

 

 

かの有名なマイケル・ジャクソンも名曲「Beat it」の中でこのように歌っています。

 

Just beat it, beat it, beat it, beat it
ただ逃げろ、早く逃げろ、逃げろ


No one wants to be defeated
誰も打ち負かされたくはないんだ


Showin' how funky strong is your fight
イカした強さを見せてみろ


It doesn't matter who's wrong or right
誰が間違ってるか、正しいかなんて、関係ないんだ

 

Just beat it, beat it 
ただ逃げろ、逃げるんだ


Michael Jackson - Beat It (Official Video)

 

 

 

 

1980年代、ギャング同士の争いが絶えず、「強い男」が正義だった時代にマイケルはそれを否定し、争いを警告しました。

 

 

 

 

 

今の日本にも、「困難に立ち向かえ」「逃げるな」といった前時代的で盲目的な教訓がまかり通っている場面が数多くあります。

 

 

 

 

 

そんな中で「逃げる」ということに罪悪感を感じている人もいるかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

ですが全然問題ありません。あなたのやっていることは「脱出」です。

 

 

 

 

 

 

やなことあったらすぐ脱出。これを覚えていると、ちょっと楽かもしれません。